試練の観察者ユリゼル





アレクの目の前に立つ人物は、長い銀髪をふわりと揺らす女性だった。その姿はどこか幻想的で、まるで夢の中の存在のようだった。白く光るような衣装をまとい、大きな瞳は深い紫色。だが、その瞳には底知れぬ気配よりも、どこか好奇心に満ちた子供のようなきらめきがあった。


「やっほー、初めましてっ。私は『ユリゼル』って言うの。ここを守ってるのと、あと、試練の観察とかしてる係~」


明るく弾む声。予想外の第一声に、アレクは思わず身構えた。だが、軽やかな口調の裏に隠れた力の圧は確かに感じる。そのギャップが、逆に恐ろしい。


「ユリゼル……試練の観察者、だって?」


疲労で足元もおぼつかない中、アレクは警戒心を隠さず問いかけた。その視線の奥を探ろうとするが、ユリゼルの表情はころころ変わり、まるで掴みどころがない。


「そーだよ。君がここまで来るの、ずっと見てたの。がんばってたねぇ、うんうん。えらいえらい」


ぽん、と子供をあやすように空気を撫でながら微笑むユリゼル。その仕草にアレクは身の毛がよだつのを感じた。本能が告げる。「この女は普通じゃない」。


「じゃあ、なんで俺を待ってたんだ……?」


疑念と恐怖を押し殺して絞り出した言葉に、ユリゼルはふふっと笑って答えた。


「え? だって~、面白そうだったから? ……あ、うそうそ。でもちょっとホント」


「……」


「安心して、アレク。私は君の敵じゃないよ? むしろ、味方寄り。ほら、見て、この可愛い笑顔」


にっこり笑ってウィンクするユリゼル。だが、その笑顔の奥にある“力”だけは隠せていなかった。アレクは、彼女がただの人間ではないと改めて理解する。


「……助けるって、お前が?」


「うん。君はね、『好都合』ってスキルでここまで来た。それはすごいこと。でもね、それだけじゃこの先はキビシーの」


「……っ」


彼の内心を暴くようなその言葉に、アレクは言葉を失った。図星だった。彼自身が最も恐れていた事実を、彼女は簡単に言い当てたのだ。


「……じゃあ、俺に何が足りない?」


声に怒りが滲んでいた。だがユリゼルはそれを咎めることなく、優しく、少し茶化すように答えた。


「ん~、信じる心? あと、スキルだけじゃなくて、自分の“存在”で世界に挑む覚悟。なんか、そういうカッコいいやつ」


「スキルを超える、か……」


意味を理解できず、アレクは眉をひそめる。だが、ユリゼルは飄々とした態度を崩さず、くるりとその場で一回転した。


「まぁ、難しく考えなくていいの。知りたかったら――私についてきて?」


差し出された手は冷たくもあり、温かくもある。不思議な感触だった。


迷った末、アレクはその手を取る。


「……行くよ」


「うん、いいこいいこ♪ じゃ、レッツ・ごーごー!」


お茶目に笑うユリゼルの背を追い、アレクは歩き出した。その先に何があるのかは分からない。ただ、スキルに頼るだけではない新たな道が、そこに続いているような気がした。

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