ダンジョン深部②






アレクは膝に手をつき、ゼェゼェと荒い息を吐きながら、視線をダンジョンの奥へと向けた。痛みと疲労で体は悲鳴を上げている。だが、背後から漂う魔物の気配が、それすら待ってはくれない。


「……休ませてくれないなぁ、ホントにもう。」


軽口を叩いてみても、笑う余裕はない。だが、心だけは折れていなかった。むしろ、こういうギリギリの場面こそ、あのスキルの出番だ。


『スキル《好都合》:状況を自分にとって有利な方向へ“確率的”に傾ける』


(――よし、今のうちに次の"好都合"を選んでおこう)


思考の中でアレクはスキルの使い方を整理する。“どんな形で状況が転ぶか”はランダムだが、ある程度、方向性の指定はできる。今回、彼が心に思い描いたのは――


(「次の敵に対して、有利な地形やギミックが出現する」……これで行こう)


スキルが反応する。身体の内側で、じんわりと熱のような感覚が広がった。小さな予兆。それが、彼の“選んだ未来”を繋ぐかすかな糸。


「さて……来るなら、来いよ」


アレクはゆっくりと歩き出す。足取りは重いが、瞳には確かな意志が宿っていた。


すると、その瞬間だった。背後で「カン」と石を蹴るような音が響く。


「……!」


振り返る間もなく、地面から黒い影が蠢き、また一体、魔物が姿を現す。その姿は鋭い角と腕を持つ大型の獣。だが、アレクは動じない。


「うん、そろそろ来ると思ったよ」


すでに戦闘体勢へ移っていたアレクは、魔物の突進に合わせて跳び退く。次の瞬間、彼の背後にあった壁が“ごとん”と音を立てて崩れ落ち、裏に隠れていた細道が露出した。


「……これが、“好都合”か」


魔物が一瞬、細道の存在に戸惑う。その隙を逃さず、アレクはダッシュで通路へ滑り込んだ。狭くて動きづらいが、敵の巨体では追ってこられないはず――


「よし、作戦成功!」


息を弾ませながら、奥へ進んでいくと、やがて、ぼんやりと光る何かが彼の目に飛び込んできた。それは、古びた木製の扉。まるで、彼のために用意されたようなタイミングで、わずかに開かれている。


「これ……スキルの導き? それとも偶然か……」


アレクは一瞬だけ立ち止まり、スキルの影響を推測する。しかし今は、選択を迷っている暇はない。


「行くしか、ないよな」


意を決して扉に手をかけると、ギイ、と静かな音を立てて扉が開いた。その向こうには、まるで時間が止まったかのような空間。空気が張りつめ、壁には古代語のような文字が浮かび上がっている。


「ここは……何かが違う」


アレクが声を漏らした直後、背後で足音が一つ。静かに振り返ると、そこには一人の人物が立っていた。整った顔立ちに、どこか人間離れした雰囲気を纏っている。


その人物は、まるでアレクが来ることを知っていたかのように微笑みかけた。


「……君が来るのを、ずっと待っていた」


「誰……?」


問いに、その人物はゆっくりと、意味深な言葉を告げた。


「私は、君が《ここに進む》という選択をしたこと。それ自体の“結果”だよ」


その瞬間、アレクの背筋に冷たいものが走る。目の前の存在は、ただ者ではない。そしてきっと、この場所もまた、“試練”の延長線上なのだ。


(……なら、構わない。どこまでも“好都合”を引き寄せてやる)


アレクはゆっくりと前に出る。答えを見つけるために。そして、まだ見ぬ自分に出会うために――

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