第21話 妄想
「酷いなぁ、君を殺す気なんて最初からないよ」
流は、相変わらず微笑んだまま。雪の義母は、その得体の知れない恐怖に晒され、震えながら話を始めた。
「怨魔から、好きに扱っていいと言われて雪をもらった。あなたたちみんな、神様なんて呼ばれているけど、結局、怨魔の所有物に過ぎないんでしょ。だから、許せなかった。実際は物と同等の価値しかないのに、当たり前のように暮らしているのが、気持ち悪かった」
次第に、開き直ったかのように流を見る。
「だから少し、しつけをした。気分が悪かったから刺した。殴った。あれは誰かが愛し合った結果で生まれたものでも誰かに愛されるべきものでもないでしょう?ただの気まぐれで怨魔に作られた物。私のストレスを発散するための道具。物を物として扱って何が悪いの?」
義母はそう言って、歪んだ笑みを見せる。
「私は被害者なの!雪は、せっかく育ててやったのに、私に歯向かった。怨魔も、私が不死身になったなんて嘘をついて・・・」
「・・・もういいや」
流が冷たく言い放つ。そこには先ほどまでの微笑みは無く、つまらないとでも言いたげに義母を蹴った。
ふらふらと床に倒れ込んだところで、流がその頭を踏みつけた。
ぐしゃ、という音と共に、義母の頭が潰れる。
「・・・・・は」
ミツトが、小さく息を漏らす。
あまりの恐怖に、声すら出てこない。それを横目に見ていた章が、流に話しかける。
「お前、殺さないって言ったよな?」
流は、血まみれになった義母を引きずりながら答える。
「ん、あれ?嘘だよ」
「お前なぁ・・・」
説教が始まりそうな雰囲気を察して、流は章から目を逸らし、亜芽を見る。
「でもさ、全部知ってて黙ってるのも、嘘と同じようなものじゃない?ねえ、亜芽ちゃん」
話を振られた亜芽は怯えるような表情になり、何か言おうと口を開けたところを流に遮られる。
「全部知ってたんだよね?雪ちゃんの義母さんが、雪ちゃんに何をしていたか」
亜芽は、緊張した面持ちで目線を壁際に向ける。そこには、頭がない死体が置かれている。
「・・・この人も、きっと、何か、嫌なことがあったから、雪を傷つけたんだ。だったら、後で話を聞こうって、思った」
言い終わったところで、かしゃん、と何かが落ちる音がした。
「・・・・・・・・・」
音がしたほうを見ると、雪がその場に立ち尽くしていた。
「あ、やべ」
章が無表情で言う。ミツトもようやく状況に頭が追い付いてきた。
(やべ、どころじゃないよ?飲み物取りに行って戻ったら義母死んでるんだよ!?)
雪が手で口を抑える。なぜか頬が赤らんでいる。
「み・・・。み、ミナカミ様ぁ!?」
亜芽に会ったときと同じようにお辞儀をする。
そんな雪を見て、流はくすっと微笑む。なぜか服や手についた血は一滴も見当たらない。
「久しぶりだね、雪ちゃん」
「ひさ、久しぶりですか!?申し訳ありません私今記憶が・・・」
流が、慌てふためく雪に近づく。
「ああ。話は聞いているよ。それより、カップが割れてしまったね。びっくりさせてしまったかな?申し訳ない」
「いいいいいえ!お気になさらず!」
流は自身のポケットからハンカチをとりだす。
「服が濡れているから、これで拭き取って」
「あ、ありがとうございます!」
雪は、顔を真っ赤にしてハンカチを受け取る。
その様子を見て、章がぼそっと呟く。
「面食い」
雪がさらに顔を赤くしながら叫ぶように応答する。
「ち、ちが、違います!そういうんじゃないです!」
雪は、さっきまで義母が座っていた椅子を見る。
「もう!お母様も揶揄わないでくださいよ!!」
「え?」
思わず聞き返したのはミツトだけだった。
その声すらも、落としてしまったカップの破片を流と一緒に片付けている雪には届いていない。
「雪ちゃん、この破片を捨てるところはどこにあるんだい?」
「あ、それはこの家の裏側に・・・」
流と一緒に家を出ていく雪を見送ってから、章が口を開いた。
「雪には、血まみれの死体が見えてないらしいな」
亜芽がそれに答える。
「雪にはもうずっと昔から、本当の義母は見えてなかったんじゃないか?」
章が閃いたかのように、ぽん、と自分の手を叩く。
「イマジナリー母様ってことか!」
(章くんは、馬鹿なのか常識人なのかちょっとわかんないな)
ミツトは恐怖と困惑が入り混じった感情を抱きながら、黙って二人の会話を見守っていた。
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