第20話 雪の義母

「記憶が、ない?」

章が訝しげに眉根を寄せる。

雪は章をちらりと見る。

「はい。原因などは、母も知らないようですけど」

それを聞き、亜芽が驚いた表情で雪を見て、静かに目を伏せる。

「・・・お前の記憶が無くなった原因、分かるかもしれない」

「ほんとですか!?」

亜芽の言葉に、雪が声を弾ませる。

「ああ。ずっと外で立ち話をするのも疲れるだろうから、家に入れてくれないか?」

「おっしゃる通りです。気が利かなくて、申し訳ありません・・・」

雪は叱られた子犬のような表情で頭を下げた。

亜芽はそんな雪を見て、こちらもまた申し訳なさそうに苦笑した。

「気にするな!外も風が心地よくて悪くない」

「お気遣い、ありがとうございます」

雪は微笑んで、後ろを向いて歩き出す。

「こちらです」

雪に従って歩いていくと、地下へと続く扉に着いた。雪はその扉を開け、元気よく声を出した。

「お母様!ただいまです!」

・・・地下には、不自然な笑みを浮かべた女が座っていた。

雪は、心の底から嬉しそうに女に挨拶をすると、亜芽たちに視線を移す。

「幸高神様、この人が私の母です。血は繋がっていませんが、優しい人ですよ」

それを聞いた雪の義母が、ぴくっと肩を跳ねさせる。

「さいこうしん・・・」

その呟きに、亜芽は居心地が悪そうにしながらも、話かけた。

「久しぶりだな」

義母は、何も言わずに視線だけ亜芽に向ける。

何も言わない義母の代わりに雪が頭を下げる。

「申し訳ありません、幸高神様。母が無礼な態度をとってしまって・・・」

謝罪の言葉を、亜芽は屈托のない笑顔で返した。

「謝らなくていい。・・・それより、少し喉が渇いたな。何か飲み物はあるか?」

「あります!取ってきますね」

雪は、ぱたぱたと忙しない足取りでさらに奥に進んでいく。

それを見送って、亜芽は再び雪の義母に話しかけた。

「これは、雪がやったのか」

亜芽が義母の足を指差した。机代わりにされている大きな岩のせいで見えづらいが、そこには大きな切り傷がつけられた痕があった。それも、一箇所ではなく、複数の切り傷があるのが一目で分かる。

それに、膝から下はあり得ない方向に曲がっている。無理やり捻じ曲げられたようだ。

ミツトはそれを見て目を丸くする。

「え!だ、大丈夫ですか!?」

章は雪の義母に視線を向けた。

「本当に、雪が?」

章の言葉に、義母が頷く。章が少し震えた声色で、続ける。

「どうして、雪はこんなことしたんだ。お前は、あいつの母親なんだろ」

・・・返事はなかった。

「なあ、答えてくれ。雪は理由もなく人を傷つけるような奴じゃないだろ!なんで・・・」

「そんなんじゃ駄目だよ。章くん」

その場にいる全員が声が聞こえた方向を向いた。

彼は唐突に、扉の前に現れた。

「章くんだって、そこの女が雪ちゃんに何かしたからこうなってるって感づいてるんでしょ?だったら、躊躇わないでいいじゃないか」

青色の髪。真っ白な肌に人形のような整った顔がのっている。

まるで心の奥のほうを見られているような錯覚を覚える、髪と同じ色の瞳。

流は、柔らかい笑みのまま、雪の義母に近づき、傷でいっぱいになった足を蹴る。

「雪ちゃんが理由もなしにこんなことできるはずない。ああ、信頼とかじゃないよ。そんなすぐに人を信じたりしない。章くんと違ってね。ただ、僕の経験上、雪ちゃんは自分のことを人間にも負けるほど弱いと思っているようだったから、だから、殺さなきゃ殺されるって思わせるくらいじゃないとあの子は中々行動を起こさない」

今度は、綺麗に整えられた髪を引っ張る。

「それにさ、君は確か不老不死だったよね、なんで傷が再生してないの?もしかして、怨魔の道具にでもされた?」

「・・・・・・・・・ッ!」

義母が、目を見開く。

「図星かな?わっかりやすいなー!ねえ、そろそろ教えてくれない?」

流が髪を掴んだままの手を勢い良く下げると、ぶちっと髪が切れる音がした。

義母は、恐怖でしばらく固まっていたが、流がまた義母に手を伸ばすと、やっと口を開いた。

「言う!言い・・・ます。だから、殺さないで、ください」

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