第11話 章の家

まるで幼い子供が描いた妄想のお城のような家。

所々にシャンデリアがぶら下がり、見ているだけで目がチカチカするほどカラフルで大きな家が建っていた。

その家には、二人の住人がいる。

「ただいまー」

すっかり疲れた様子の少女は、朝食の準備をしている青年の背中に抱きついた。

「おかえり。いま朝飯作ってるから、ちょっと待っとけ」

青年は抱きつかれたままで料理を続ける。

少女は、なにか気に入らなかったのか頬を膨らませると、そのまま自身の顔を青年の背中に埋めた。

「いま、とっても疲れてます」

「そうだな」

「栄養補給したいと思っております」

「朝飯ならもうすぐ出来上がるぞ」

少女は青年から一歩離れると、今度は青年の服の裾をくいっと引っ張った。

「撫でて」

青年は少女のほうを振り向くと、その黄色の髪をくしゃくしゃにした。

「なあ」

「なに?」

髪色と同じ黄色の大きな目が青年を見上げる。

青年は、自身の額を少女の額と合わせて目を瞑る。

「俺も栄養補給していいか?」

その言葉を聞いて、少女は嬉しそうに笑う。

「いーよ」

その言葉を聞いた直後、青年は思いっきり少女に抱きついた。

「ごめんね。三日で帰るって言ってたのに、もう一週間たってるね」

少女が、青年に語りかける。

「別に、気にしてねえよ。無事に帰ってきてよかった。怪我は・・・してるか」

青年が少女の怪我に気づくと、抱きしめる力を少し緩めた。

「絆創膏と包帯持ってくるから、朝飯食べて待っとけ」

「わかった」

また、二人の忙しい一日が始まろうとしていた。

     *         *         *

「二人とも、俺の家に来てほしい」

憂鬱な月曜日の昼休み。三人だけの空き教室で、章は唐突にそう切り出した。

流と会ってから四日が経ち、ミツトは自分がとんでもない案件に片足を突っ込んでいることをようやく自覚したところだった。

亜芽たちが日常的に人を殺すような存在だということ。

・・・そして恐らく、彼女らはそれを嫌々やっていることも。

もうしばらくは神なんて不安定なものと関わりたくはない。ミツトには、章や亜芽のような実直さはない。

「僕が、もう神集めに参加したくないって言ったら、どうする?」

ミツトは敢えて言いきらずに曖昧な質問をした。

「やっぱり、やめたくなるよな。お前の好きなようにしろ。俺だって、出来れば一般人を巻き込みたくない」

章が、食べ終えた弁当箱を鞄にしまいながら答えた。

「いや、なんていうか。やめたいのかって聞かれると、そういうわけでもないような・・・」

「なんだそりゃ」

章が人懐っこい笑みを浮かべる。彼にしては珍しい表情だ。

「お前がどうしたいかが大事だろ?自分の思ってることくらい、自分が理解してやれよ」

自分の思っていることを理解する。

簡単に言うが、それがまた難しい。

「悪い。そんなに考え込むとは思わなかった。聞き流してくれ」

章がミツトの肩をぽんぽんと叩く。

気づかないうちに考え込んでしまったようだ。

「え、ああ。ごめん」

「いいんだけどよ。それより、俺の家来るのか?」

「それはちょっと行ってみたいかも」

神様関係ならともかく、章は神様と仲が良いだけの元人間だ。

(思っていたより悪い人でもなさそうだし、仲良くはなりたいんだよな)

亜芽は「私も行く!」と箸に挟んだ唐揚げを掲げる。

「そういえば」

と、ここにはいない青年のことを思い出す。

「流くんって忙しいんだよね。ただでさえその時の気分で会うかどうか決めそうだし。また今度なんて何年後になるか分かんないんでしょ?」

「会いたいのか?」

亜芽が問い返す。

「いや、二度と会えないんならそっちのほうが嬉しいんだけど」

何か気になることを言っていた気がする。

「そうだ。誰かに似てるとかなんとか言ってて、それがずっと引っかかってたんだよね」

(他の人にも言われていたような、言われてないような・・・)

思い出せないなら言われてないんだろう。

「・・・・・・・・・。大丈夫だ!また屋敷ができたら来るらしいからな!」

変な間があったが、いちいち聞くほどのことでもないか。

章は卵焼きを素手で掴もうとする亜芽を止めながら呟いた。

「ミツト、なんか流に対して当たりが強いよな」

「そうかな?」

言いつつ、たしかに流を嫌っているのを自覚していた。

あの完璧な容姿が気に食わない。意味深な言葉が気に食わない。

ミツトは完璧なものも、答えが提示されないのもあまり好きではない。

彼を思い出して、ほんの少しだけ芽生えた苛立ちを摘み取るように白米を頬張った。

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