第10話 流の話

ミツトたちはカフェでそれぞれ欲しいものを頼み、四人席に移動して座る。

最初に口を開いたのは流だ。

「連れがいるなんて聞いてないんだけど」

亜芽に冷ややかな目を向ける流。

それを受けても、亜芽はずっと変わらない笑顔を浮かべている。

「言ってなかったからな!」

亜芽は悪びれもせず、ティラミスを頬張りながら答えた。

「なんで言わないの?」

流が、若干呆れ顔で亜芽に問いかける。

「忘れてた!あと来月の1日に会議があることも言ってなかったな!それと明日の・・・」

次々と伝え忘れていた予定を流に告げる亜芽。

流から物凄い圧力が発せられているが、それに気付かず、亜芽は予定が多すぎてこんがらがってきたのか、「あれ?」とか言っている。

そんな亜芽の様子に痺れを切らしたようだ。かかっていた圧力がなくなり、途端に凍りつくような視線が亜芽に向けられる。

その視線とは裏腹に、流は穏やかな笑みを浮かべる。

「ああ、そうだったね、君は昔からそうだった。みんなと友達になりたいとか、もっと話したいとか、要望ばっかり言うくせに人を不快にさせるようなことしかしない。本気で仲良くなりたいんならそういうところ直せばいいのに」

かなりキツいことを言いつつ、それでも微笑んでいるのが、ミツトにとって一番の恐怖だった。

流は、「ところで」と届いた料理を受け取った。

「ミツトくんは、僕たちについてどれくらい知ってるんだい?」

「屋敷で一緒に暮らしてたことくらい。あと、私たちが人間じゃないってことも言った。

ついでに、人探しを手伝ってくれるって約束もしてくれた!」

亜芽が元気よく答えた。代わりに、ミツトは困惑した表情で手を挙げる。

「その・・・。神様って、人間のお願いを叶えたりする存在だよね?どうにもイメージが違う気がするんだけど」

「分かった。じゃあそこから説明するね。神は、怨魔っていう存在によって生まれるんだ。僕たちは一生そいつの命令に従って動く。逆らうことなんてほぼできない。怨魔に言われたことはするしかないけど、人間のお願いを叶えるかなんてのは気分次第だよ」

怨魔、という単語を聞いたとたん、亜芽と章がぴくりと動いた。

二人から、一瞬だけ表情が消える。

なんだか嫌な予感はしたが、聞かないといけないことでもあるような気がした。

「『ほぼ』ってことはその人の命令に背ける手段があるんだよね」

「うん。一応」

「それって、どんな方法?」

流は、まるで希望の光を見たように口元を緩ませる。

「死ぬこと」

「え?」

「だから、死ぬことだよ。怨魔は死者には一切興味を示さない。もっとも、死者自身の自我も残らないだろうけど」

流はつまらなさそうにミツトを見る。

その青い瞳が、ミツトの心の奥まで見透かしているようで。

やましいことなど無いはずが、冷や汗が止まらなかった。

「で、でもそれじゃ意味ないよね」

「意味はあるよ。死んだらもう苦しくなくなる」

何気なく発せられた言葉に、ぎゅうと心臓が締め付けられるような感覚になった。

もう苦しくなくなる、というのは今は苦しんでいるということだ。

そんなに嫌なことを命令されているのだろうか。

そうだ。ここに来る前も、亜芽は人間を灰に変えていた。生きているわけがない。

すぐそこで、一人の人間が死んでいるというのに、亜芽が、人を殺したというのに。

僕たちはあのとき、平然と笑って――。

そういう、いわゆる汚れ仕事のようなことをさせられているのなら。

いま目の前にいる二人は、恐らく一度だけでなく、人を。

「おや?やっと僕たちの異常さに気づいたのかい?」

その一挙手一投足が酷くおぞましいものに見えた。

「・・・神様は、怨魔に何をさせられてるの?」

「君が想像してるようなこと以外にも、たくさんあるんだけど・・・。それは神を集めていくうちに嫌でも分かるよ」

流は、出会ったときと同じような微笑みを浮かべる。

「集める?」

章が首を傾げる。

「だって、みんなのところに行こうと思えば簡単に行けるでしょ?だから、人探しより、神集めっていう方がしっくりくるよ」

「いいな!それ」

亜芽が満開の笑顔を浮かべた。

俯いたミツトの前に、自分が注文したホットコーヒーを置いて流が優しく笑いかける。

「大丈夫。君もきっといつかは分かるよ。だって君は、やっぱりあの人によく似ている」

流は、今度は自分の目の前にある、すっかり冷めてしまった料理を残念そうに眺めて、フォークを手に取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る