第8話 水の神様(2)

昼下がり。

流の中では、いつも遊びに順番があるらしく、昼食を食べ終えたあとにする遊びも決まっていた。

「よし!サッカーしよ!」

流が立ち上がると、ネカは、その場に寝転がった。

「わたくし、サッカーは嫌いですの。もっと他の遊びをしましょう」

流は、むう、と頬を膨らませる。

「それ、この間やったし。サッカーやろうよ」

「だから、わたくし、サッカー嫌なんですの!」

冷奈は、喧嘩になりそうな流たちの間に割り込んだ。

「ふ、二人とも落ち着いて。ネカちゃん、順番だから今日はサッカーするよ」

それに、と何かを言いかけて、ネカにしか聞こえないほど小さい声で語りかけた。

「それに、流が泣きそうになってるよ」

流は、むすっとした顔のまま目に涙を溜めている。

ぎょっとするネカに、冷奈は「ね、お願い!」と手と手を合わせる。

「仕方ないですわね」

ネカが呆れたような顔でその場に立つと、流はみるみるうちに笑顔になっていった。

「ありがとう、ネカちゃん。じゃあ早速遊ぼうか!と、言いたいところなんだけど」

冷奈の発言に二人揃って首を傾げるネカと流。

冷奈が、流に向かって申し訳なさそうに笑う。

「私、ボールを家に置いてきちゃったみたいなんだよね。私はお昼ご飯の後片付けがあるから、流が取りに行ってくれない?」

流は、今朝聞いた会話などとうに忘れていたらしく、「うん!」と素直に頷いた。

     *         *         *

流が家にボールを取りに行った後、冷奈とネカは特にすることもなく、青い空を見て暇を潰していた。

沈黙に耐えかねた冷奈が口を開いた。

「ねえ、ネカちゃん。もう二度と流が戻ってこなかったらどうする?」

「流の家はすぐそこですのよ。万が一戻ってこなかったとしても、家に行けば会えますわ」

「そっか。そうだよね。会えるよね」

冷奈の声が微かに震えているのを感じて、ネカが冷奈を見た。

「れいな・・・」

冷奈は、「どうしたの?」とネカに笑いかける。

「なんで泣いていますの?」

冷奈の、自身の弟と違う色のその黒い瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。

     *         *         *

森のふもとから家までは五分ほどでつく。ゆっくり寄り道をしながら、家に向かう。

暫くすると、二階建てのログハウスが見えてきた。

この時間帯には父親がクッキーを作っているはずだ。自分用だと言っていたけれど、流にも一口食べさせてくれるだろうか。

笑顔の両親を想像して、足が自然と軽くなる。

だが、家の前で倒れている見慣れた姿を見て、一気に不安な気持ちに駆られる。

四人の人影が見える。四人のうち二人はよく知っている。自身の両親だ。

残りの二人は見覚えのない、夫婦らしき男女。

恐怖を感じつつ、さらに歩みを進める。

「なに、これ・・・」

ただ倒れているだけだと思っていたのに。

おかしい。

母親は片足がもう繋がっておらず、その断面から赤い液体がこれでもかというほど流れていた。

父親は両手の爪が一つもなく、腹には大きな穴が開いている。

それらは、両親の目の前でナイフやチェーンソーを振り回し楽しそうに微笑む見知らぬ男女にやられたようだった。

母親が流の存在に気付いたようで、目に涙をためながら流を見る。

その瞳は、痛みなどどうでもいいと言うようで。

こっちを見ろと言われているようで。

それが、何よりも恐ろしかった。

父親の腹の断面から、赤い塊が出されてそれを刃物で突き刺された。

目の前でぐちゃぐちゃにされていく両親を見ながら、否、見ないように目をぎゅっと瞑り、なにも聞こえないように耳を塞いだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ふと気がつくと、流の周りには四つの赤い塊が落ちていた。

皮を引き裂かれ、中身がぶちまけられたそれらのうち、どれが両親かなんて分からない。

「・・・・・・・・・?」

それならば、どうして四つなのだろうか。

両親は顔も知らないあの二人に殺されたとして、ではなぜ四つなのだろうか。

残り二つは誰が―――。

あ。

道理で変だと思ったんだ。どこも痛くはないのに、流の手は赤黒くなっていた。

全てを思い出したとき、「あれれ?」と後ろから緊張感のない声。

「おかしいなあ、殺したのは二人だけのはずなのに、死体が四つもある」

どこか楽しそうな女の声。

彼女は流を一目見ると、ほんのり赤らめた顔を醜く歪ませ、にやりと笑った。

「おめでとうございます。前当主様の死をもって、あなたが水神家の当主、ミナカミ様になられました!」

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