第7話 水の神様(1)
うそつき。
大嫌いだ。父さんも母さんも姉ちゃんも。
僕を絶望させるために幸せなふりして、なんでもないふりして。
全部僕を壊すためだった。
本当も幸せも、最初からなかった。
「そろそろ起きないと朝ごはん冷めちゃうよー」
すうすうと寝息をたてている、まだ三歳ほどの少年が目を覚ました。
窓から差し込む光が、少年の人形のような顔を照らす。
少年は寝ぼけ眼のまま、たどたどしい動きで階段を上っていく。
後にミナカミ様と呼ばれる少年、水神
「お母さん、お父さん、おはよ。ごはん冷めてない?」
「おはよう、流くん」
「流、おはよう。まだ大丈夫だよ」
流は、改めて今日の朝食を見た。
食卓には、トーストの上にハムとスライスチーズが載っているものと、ホットミルク。
チーズの上にはマヨネーズがかかって、一部だけこげ茶色に変化していた。
流は、まずトーストを二つに折って小さな口を精一杯開き、頬張る。
「んー。おいひい!」
ホットミルクを一口飲むと、またトーストを食べ始める。
それを何度か繰り返し、あっという間にぺろりと平らげた。
そこで、流は自身の親が自分を見ていることに気づいた。
「どーしたの?」
「流はお人形さんみたいだなと思って」
父親がぷにぷにと流の頬をつつく。
それを見た母親もくすくすと微笑んだ。
「そうね。流くんは、とっても美しい子に育つと思うわ」
今度は母親が流の頭を撫でる。
父親の表情が曇り、流の、宝石のような青色の目を見た。
「そろそろ流も水神の頭首様になるね。お父さんたちとの約束を覚えてる?」
その言葉を聞くと、流は一点の曇りもない笑顔を見せる。
「うん、覚えてるよ!『何があっても水神の誇りだけは捨てないこと』でしょ?」
「そう。それをいつまでも忘れないでね。守れないなんてことは許されないからね」
「わかった!絶対守るから、安心して」
その時、とんとんとん、と階段から誰かが上ってくる音がした。
「おはようございます」
ドアを開けてすぐに、両親に向かって頭を下げたのは、流の姉である冷奈だ。
「朝食はそこに置いてある」
父親は、流を見たままそれだけ言うと、また流に微笑みかける。
「ねえねえお父さん。れーなお姉ちゃんのごはんは温めないの?」
流の場合、冷めてしまった朝食は、いつも父親が温めなおして出してくれる。
「お姉ちゃんはお寝坊さんだから仕方がないんだよ」
「でもでも、僕も遅かったよ?」
流が反論すると、
「そうかもしれない。でも、ほら。お姉ちゃんはもう食べ始めちゃったみたいだから」
今度は母親が冷奈を見て言う。
二の句が継げなくなり、俯く流に、こんこんとドアをノックする音が届いた。
こんな朝早くに訪ねてくる人間なんて一人しかいない。
「ネカだ!」
流は、外で待っているであろう少女を待たせないように、早足で玄関へと向かう。
「流、外に行くのはお洋服に着替えてからね」
父親に呼び止められると、流は「そうだった!」とはっとした顔になった。
「ネカ、着替えてくるからちょっと待っててね」
窓を開けて外にいるネカに声をかけると、彼女はこくりと頷いた。
流は両親と一緒に使っている部屋に戻り、よいしょ、よいしょとまだ短い手足を一生懸命動かして着替える。
かなり時間をかけながら、なんとか着替えを終えた。
流が廊下に出ると、二階から話し声が聞こえた。
「冷奈ちゃん、流くんを見ててあげて。それで、午後二時には家に一人で帰らせるの。できる?」
「ご心配なく、お母さん。・・・さようなら」
「ええ。これまで散々冷たくしておいて、こんなこと言うのは虫が良すぎるかもしれないけど・・・・・・・・・愛してる」
「――っ!・・・はい」
その会話の後、冷奈が二階から下りてきた。
廊下で立っていた流に気付き、少しだけ驚いたような表情になったが、
「お姉ちゃんもくるの?」
いつもと変わらぬ笑顔で訪ねてくるのをみて、安心したように笑った。
「うん、私も流と一緒に遊びたいな。ついて行っていい?」
「いいよ!」
大きく頷く流を見て、冷奈もまた微笑みを浮かべた。
流は、玄関まで行ってドアを思いっきり開くと、自然豊かな、というか自然しかない景色が広がった。
「いってきまーす!」
元気よく言って、外に飛び出す。
「・・・いってきます」
取り残された冷奈は、返事を待たずにドアをばたんと閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます