第6話 炎の神様

ミツトたちは、電話越しの亜芽の指示に従い、亜芽がいる場所のすぐそばまで来ていた。

まだ朝だというのに、光が全く当たらず、人気のない路地を恐る恐る歩いていく。

所々に赤い何かがこびりついていたが、気にしたら負けだ。

最後の角を曲がると、赤い髪が見えた。亜芽だ。

「亜芽ちゃん。よかっ___」

よかった、無事で。大丈夫?

その言葉は、彼女の足元を見たことで、すぐに消えた。

亜芽の足元には、灰があった。そこで、何かが燃えてなくなったようだった。それが人間だったものなんだということは、なんとなく分かった。

亜芽は、自身の足元に視線を移す。

「私がやったんだ。・・・これで」

亜芽の手の平に、ぽっと赤い炎が浮かんだ。

ミツトは、その炎を見て、そして、亜芽と視線を合わせる。

燃え盛るような赤い瞳は、ミツトをしっかりと写して、逃がさない。

大して驚くようなことでもなかった。神様と一緒に暮らしてたなんて、同じ神様でないとなかなかないし、その神様に歯向かったら死ぬのも想像はできた。

けれど、亜芽はなおも不安そうにこちらを見る。嫌われるとでも思っているのだろう。

「そっか。君は、神様なんだね」

「・・・そうだ」

亜芽は少し俯き、そして恐る恐る、ミツトの顔を覗き込んだ。

ミツトは、普段と変わらない能天気な表情。そんなミツトを見た亜芽は、訝しげに問いかけた。

「怖く、ないのか?私は人を殺したんだぞ。お前も殺されるかもしれない」

「たしかに、そうかもしれない。でも、亜芽ちゃんはそんなことできないと思う」

ミツトが柔らかく微笑むと、亜芽も花が咲いたような笑顔を見せた。

「どうせ後で言うつもりだったんだけどな。怖がられる覚悟で」

(そういえば、学校でなにかを見せるとか言ってたな)

それはこのことだったのだろう。

「え、じゃあ雷先輩も神様・・・?」

ミツトは、いつも黙って見守っていることの多い章に視線を移した。

「俺は人間。まあ正確に言えば元人間だ」

「元人間ってことは、いまは何なんですか?」

やはり神様なのだろうか。

章は、数秒だけ悩む素振りを見せた。

「ん-、名称はねえけど、人間が不老不死になっちゃったバージョンだと思ってくれれば良い」

「なっちゃったバージョンって・・・」

「仕方ないだろ。名前が決まってないんだから」

にしたって、もっと格好いい言い方はなかったのだろうか。

「あまりにも平然と言うから聞き逃しそうになりましたけど、不老不死ってなんですか?」

「ファンタジーだと思え。あと俺、敬語って言うのも言われるのも苦手だから呼び捨てのタメ口にしてくれ」

(要望多いなこの人)

ミツトがうざい先輩を見る目で章を見ていると、どこかのスーパーのCMソングが聞こえた。

音の出所を探ると、どうやらそれは亜芽の通学カバンの中から聞こえてきているようだ。

亜芽はカバンを下ろし、携帯電話を取り出した。着信音だったらしい。

数ある歌の中からなぜCMソングを着信音にしたのかは不明だ。

亜芽は電話の応答のボタンを押して、耳を受話口につけた。

「おー、電話してくれたのか!・・・ああ。・・・・・・・・・そうだな。・・・・・・・今はどこにいるんだ?・・・・・・・・・分かった。近くにカフェあるだろ?そこで待っててくれ。私もすぐ行く・・・・・・・・・ああ。また数分後!」

亜芽は電話を切ると、嬉しくてたまらないような表情でガッツポーズをした。

そして、ミツトたちに、満開の笑顔を向けた。

「なあ、二人とも。今日は学校休むぞ!」

「なんで!?」

「私たちが探してる奴がいま近くまで来てるんだ!会ってくれる気になったらしい」

「それって、明日にしてもらうとかできないの?探してる人と連絡取れちゃってるし」

ミツトの問いかけに答えたのは、章だった。

「あいつら自分勝手を極めたような奴らだからな。また今度なんて、何年後になるか・・・」

遠い目をする章。

この人も昔、彼らと一緒に住んでいたのだろうか。

「じゃあ、お母さんに連絡しないと・・・」

母に、体調が悪いから学校を休む旨を伝えた。

ばればれの嘘だが、基本放任主義の母のことだ。見逃してくれるだろう。

今日は給食後の体育という一番嫌いな時間割だったので、サボる口実ができてよかった。

振り返ると、二人はミツトが連絡を済ませるのを待っているようだった。

「あれ、二人とも、連絡しないの?」

「そりゃあ、親なんかとっくに死んでるしな」

章は苦笑交じりにミツトに言った。

「あ、そっか。そうだよね。不老不死、なんだもんね。・・・ごめん」

(悪いことを聞いてしまった)

人間よりずっと寿命の長いだろう神様と共に行動しているような人。

不老不死になってからもう随分経っているはずだ。

「別に、親が死んでからも色んな奴らと会ったし。そこまで寂しくもねえよ」

そう言って笑みをこぼす章は、ミツトなんかよりも色んな事を経験しているのだろう。

本当に敬語じゃなくていいのだろうか。

亜芽に関しては神様なわけだから、実はこの場で最も敬うべきなんだろうけど。

その亜芽は現在、ミツトたちより二歩、三歩先に出て、手招きしている。

髪はもう既に黒くなっていた。どういう仕掛けなのだろうか。

「行くぞー!流のもとへ!」

どうやら今から会いに行く神様は流という名前らしい。

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