第22話 追撃

 最初から分かっていただけに、敗北することを前提として戦闘した。

 

 「さて……どうする?殺すだけでは私のスキルは剥がれぬ。この通り弱り果てた私は間も無く死ぬぞ」

 腕に仕込んでいた真性言語。


 「業腹だが、殺しはしない。ルイーゼ」


 「こちらに」

 

 呼びかけに瞬時に応じた女性の人間。

 東洋の着物を羽織った女は、空中に浮遊したままアルバートを見下ろす。


 「これを拘束し内臓を締めろ。余が吸収する」


 「……御意に」

 

 ゲーテは女しか食わない変わった美徳を持っている。

 しかし後宮に連れて来られる女に食われるなどと話せば逃げ出す者がいるため、女好きとして騙っている。

 故にアルバートも、媚薬という形でしか薬品を流通させられなかった。

 

 ――魔力もない弱者を、ゲーテ様が吸収される……?

 

 ルイーゼはその意思が全く理解できなかった。

 両手を結びつけることによって、円環は完成し魔法は生み出される。


 「――ッ!往生際の悪い!」

 

 ここに来て初めてゲーテは戦慄した。

 かつての魔皇の面影は消え、嗜虐への愉悦も消えた。

 消えてしまったために、今のアルバートは生前よりも手段を選ばなくなったと言える。

 敗北を前提とし、死んでもいいが可能な限り生存する。

 容赦なく奥の手の発動を選択する。

 

 ――スキル「完全詠唱」

 

 当たり前のようにスキルを複数保有するゲーテは、一日に一度しか使えないスキル「完全詠唱」にて、詠唱を全て省略した状態で最大の魔法効果を発揮させる。

 ルイーゼの封印に先行して、最高位の禁忌は生まれる。

 

 ――第十三階梯時間魔法「多時空幽閉峡谷」


 「ルイーゼ!」

 

 主人の本気ぶりに気圧され、ルイーゼは詠唱を変更。

 

 ――第十三階梯空間魔法「無限牢獄」

 

 さらに氷魔法を重ねる。

 

 ――第四階梯水魔法「氷化石」

 

 深くため息を吐き終え、ゲーテは結晶化したアルバートを見る。

 多数の封印を付与したことにより、アルバートの魔法は発動直前――手掌が結ばれるより先に時間が停止する。


 「……忌々しい亡霊が」


 「主様はかなり手加減して魔法を使っていらっしゃいましたが、こちらの痴れ者は一体……?」

 

 空間による圧縮が開始され、封印はピンボール並みにまで収束。氷の粒となってゲーテの手に収まる。


 「古代の亡霊だ。今となっては、弱者でしかないが」

 

 亡霊という単語に納得がいく。

 外から観測していたルイーゼの目から見ても、アルバートは現代魔法の一切を使用せずにゲーテと戦闘を繰り広げた。

 反撃こそないものの何度もゲーテの攻撃を防いでおり、並の人間よりも相当に手練れであることは見て取れるが、それでもゲーテが吸収する理由にもならない。


 「このような者、主様が吸収するに値しませんと具申いたします」


 「業腹だが、コレには魔導皇帝が内包されている。二千年以上魂に深く結びついている限り、吸収する他あるまい」

 

 一方、ゲーテは安心のあまりほっと一息ついた。

 復活して一ヶ月も経過していないアルバートは、魔力を大きく落としていながら、スキルはほとんど残っている。

 何より厄介な「明鏡」は、第八階梯魔法ほどの複雑な魔力構築すら無力化した。

 そもそも魔法では太刀打ち出来ないと判断して魔力操作だけでゲーテの攻撃を防いでいる時点で異常。

 そして魔力だけで圧殺する手法は現在のゲーテですら不可能なまさしく神業である。


 「つまり、この者は魔皇レーヴリスタということですか?」


 「その通りだ。経緯は知らぬが、未だ生きながらえていたらしい」


 「成程。無様な醜態を晒して、主様の庭を汚して――」

 

 ゲーテより魔王の威圧が強まる。

 ルイーゼが閉口し、その額に冷や汗が滲む。


 「この者を愚弄できるのは叛逆の『不死王』である私ただ一人である」


 「大変申し訳ございません。この命をもって贖罪と致します」


 「それに、あまり油断しないことだ。最期の魔法――あれが発動していれば余は一度死んでいた」


 「は……?」

 

 驚愕の事実に言葉を失う。

 同時にその危機を知れなかった己を恥じる。

 一体どのような手段であれば七神を一度殺せるのか。

 ゲーテの臣下、その中の最高幹部の一人であるルイーゼすら一度殺せるのが精一杯。

 手で払えば忽ち消えてしまうほど格下の亡霊が最高幹部と同等の業を可能とする。

 もはや戦慄するしかなかった。

 

 ――無論。一度死ぬだけであるが。

 

 一度殺せるにせよゲーテにとって今のアルバートは雑種同然の存在である。

 そして、淡々とルイーゼは報告を始めた。

 

 「主様、南方の武装蜂起に関しまして、亜人の軍勢は撤退を始めました」

 

 「下らん。手の空いている最高幹部一名を指令とする掃討軍を編成、地の果てまで追跡しこれを滅ぼせ。余の大地を荒らした逆賊共を、一人残らず断罪せよ」

 

 「かしこまりました。最高幹部ヴィーカを派遣させます」

 

 ――やれやれ、児戯に魔力を使いすぎたか。

 

 都市中央部で突発的に戦闘を起こしてしまったのだ。

 ゲーテは魔法の指向を絞ったために犠牲者は無く、またルイーゼが戦闘地域にいた人々を避難させている。

 とはいえ、建物は多くが崩落している状況だった。

 

 「ルイーゼ、この街の復興はお前に一任する。すべて余が負担しよう。一度城へ戻る。早急にこれを吸収に取り掛かる。三日は姿を現さないと思え」

 

 ――第九階梯転移魔法「風神の導き」

 

 突風が吹き荒れ、ゲーテの姿は既に無くなっていた。

 

 *   *   *   *

 

 「外套、特にフードは絶対に被ってください。猫人なら死ぬことはありませんが、売られるのも良くないでしょう?」

 

 雌雄が無いというのが猫人の特徴である。

 中性的な外見は、どちらの性別でも通せるという利点がある。

 魔国サルモニア。

 町はずれの孤児院は、一夜にして孤児の数を倍に増やした。

 既にその孤児院に引き取られていた子供たちを■■した後の状態で、数が倍に増えている。

 神父の服を着飾った男は、柔和な笑顔で何事も無かったかのように少し続けるだろう。

 顔見知りの人間と出会ったとしても、既に別人となっていることにすら気が付かず、それどころか以前よりも性格がよく鳴ったかのように錯覚されるだろう。

 

 「まずはお疲れ様です。撤兵を囮にして、こうして我々が犠牲無しに侵入できたことをまずは喜びましょう。私たちがやることはただ一つです。おおよそ後、この国を落とします。その準備をする、それだけです」

 

 この男は、歴史から逸脱しているがゆえに、預言書の記述の範疇を越えている。

 つまり、仮にこの男が歴史を変えるようなことがあったとすれば、預言書の預言は正確でなくなるということである。

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