第23話 国崩

 龍王シュトレーゼマンは、突発的な武装蜂起の収束に疑問を抱いていた。

 

 「つまり、何者かの扇動者が現れたというのか?種族は?」

 

 「分かりません。亜人らしい特徴が見られなかったとのことで、幽霊族、或いはスライム……人間という可能性もあります」

 

 幽霊族は亜人ではなく魔族に該当する。

 

 「首魁が誰なのか。それを確かめなければならない」

 

 「いいや。武装蜂起が起きてしまったのならもう止められない。蜥蜴人は勝手に動かさせてもらう」

 

 「翼竜族の長として、私自ら収拾をつけに行ってきます」

 

 「爆発したものはもう止められないにゃ。こうなってしまった以上、負けられないの」

 

 蜂起を起こした種族は参戦を決定する。

 

 「言っておくが、我は一切関わらない。貴様たちを見捨てる覚悟でいる」

 

 「鬼族も手を貸さないぜ。世界をひっくり返すとしても順序が違う。七神の対策をしない限り勝ち目がねえからな」

 

 対して、鬼族と龍族は種族そのものが危ぶまれない限りは戦争への不干渉を宣言した。

 

 「だからとて、同胞が死んでいく様を指をくわえて見ていられるわけがない!巨人族は掩護させていただく!」

 

 大きな地響きの後、巨人は席から立ち上がった。


 「結局、我々最年長しか残らなかったか」

 

 龍族、鬼族、蛇族、狼族、屍族、そして妖狐族。

 最後まで円卓から席を立たなかったのはその六族であった。

 

 「儂らは諦めておるわけではない。しかし……最も苦心しているシュトレーゼマンに全てを賭けるというのも、心苦しいのじゃよ」

 

 「そんな理由で我に刀を持たせなかったのか」

 

 「それだけじゃないわよ。あなたしか神を殺せないけれど、何とかして増やすこともできる。いつまで経っても、子孫を増やす気はなさそうだけど」

 

 シュトレーゼマンは自嘲する。

 子供を作ろうとしない理由はただ一つ。それが己の弱さになってしまうからである。

 時に私情を捨て、亜人を牽引していかなければならないこの状況において、自分だけ子供を遺せる立場というのはシュトレーゼマン自身が許さない。


 「必要ない。神殺しは、我だけで十分だ」


 「焦らずとも、時がやってくるだろう。それが今なのかどうか、我々にも分からない」

 

 確かにうねりは起きている。

 しかし小さい、この炎が大炎になるからこそ、亜人はその地位を上げるのだ。


 「全く、バラドを殺せるのは七神くらいしかいないなんて誰が思ったのかしら」


 「いずれにせよ大量の亜人がこれで殺されることになる。本格的に相手が動き出せば、こちらも反撃を余儀なくされるわけだ。シュトレーゼマン、俺は今回の反乱には参加しないが、それでも打開策の一つや二つ欲しいと思っている」


 「七神の干渉を受けない、正規の方法を使えば良い。まずは対等になる必要がある」


 「シュトレーゼマン、そいつはまさか……」

 

 龍王はほんの少しだけ笑った。


 「変えるのは我では無い。彼らである――建国する」


 「国を作る?どこぞの国でも乗っ取ると言うのか?」


 「国を滅ぼすのは簡単だ。しかし国をまとめるとなるとそうでは無い……都市国家を一つ占領したらしいな」


 「その国を基盤にして、勢力を広めるか」

 

 その先を鬼族が続けた。


 「確かに、魔国の南は都市国家が乱立している地域だ。交渉と戦がうまくいけばあるいは……」

 

 「博打かもしれないけど、部の悪い賭けでもないわ」

 

 自由国を建国し足掛かりにして勢力を広める。

 国家としての権力を強めれば、亜人であっても看過できない状況に至る。


 「しかし、他国が干渉する場合は?」

 

 シュトレーゼマンの笑みは、恐ろしくも亜人を安心させる。

 まして、不敵な笑みであった時は。


 「――ある程度の武力行使は必要だろう」

 

 *   *   *   *

 

 突然夜の平原へ飛ばされたエルは、何が起きているのか全く理解できていなかった。


 「アルバート……?ねぇ、どこにいるの?」

 

 そしてか細い声が、原野に漏れるだけである。


 「返事、してよ……」

 

 ――私は、捨てられたの?

 

 徐々に涙が滲んでくる。視界が悪くなって目をこする。


 「アルバート……」

 

 ふと握っているものが、誰か知らない人の小指だったために、エルは一気に蒼白になった。

 

 「※※※悲鳴※※※!」

 

 しかし、呼びかけに答える者はいない。

 何故ならそのものは、幾重もの次元の狭間に閉じ込められている。

 直感的に、この小指がアルバートのものであると分かった。

 小指だけであると言うのに、まだ温かい。気色の悪い感覚だが、即ち死んでいないということであった。


 「アルバートの、小指……」

 

 誰もいない平原。

 そこに足を踏み入れる者が一人。


 「何してんだお前?こんな夜遅い時間に」

 

 白い甲冑を来た騎士の男。

 ぶっきらぼうな声でエルに語りかけた。


 「人を、待ってるの。消えちゃった」


 「その待ち人、多分来ないぜ。宿に来いよ、団長だとか言う理由で広い部屋になったはいいが、誰もいないから殺風景なんだよ」


 「……おじさん、誰?」


 「おじさん?まだ俺25だって。俺はザイード。参ったな、これでも遊撃騎士団の団長なんだけどな」

 

 エルは首をかしげる。

 頭に羽のようなものが浮いている異質な少女――それも人形と思われがちな――に話しかけたことではない。

 話している目の前の相手が、既に魂のない抜け殻になっているのに、こうして生きているふりをしている。

 

 ――どうして?

 

 ザイードと名乗った男は両手を広げ、エルをゆっくりと抱き上げた。

 

 「ったく、子供を捨てるなんてありえない。もう心配いらないぞ。俺の知ってる教会なら、お前みたいな孤児も引き取ってもらえるかもしれない」

 

 ザイードは抱きしめたその手で、エルの髪の毛を持ち上げる。

 可愛らしいうなじを見て、呼吸が荒くなる。衝動に駆られる。

 こいつを喰いたい。

 彼にとっては垂涎の的だったらしい。


 そして、エルの持っている小指に気が付いた。

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