第21話 試金石

 血濡れた男が灰となった大地に立っている。息も荒げることなく、ただ平然と立っている。

 

 「それでは、また会いましょう。ザイード君」

 

 「ああ。俺は戻ればいいんだな」

 

 「その通りです。では私は下がりますので」

 

 胸に深く傷の入ったザイードは、ゆっくりと起き上がって城壁へと退去していく。

 また血濡れた長身の男も深く息を吐いて後方へと撤退を始めた。

 

 「もう一度攻勢をかけます。第一波を下げ、第二波攻撃隊、準部出来次第攻撃開始――陽動です」

 

 その時、昔日の感情が脳裏を迸った。

 思わず振り返り、城壁の遥か遠くを見やる。

 男の魔力探知精度は低く、広域で生じている魔力のうねりを感知できていない。


 「まさか……この時代に?」


 三角形の魔法陣は回転し、四角形へ変化する。尚も回転を続けている。

 

 ――実感は無いが、何かしたらしい。

 

 「『明鏡』を解いた意味が理解できないな。そもそも、弱者であるお前が、余に無益な戦いを挑む時点で理解に苦しむ……魔皇の矜持というものか?」


 「クックッ。私が本気でないことが余程気に食わないようだな。貴公がただの試金石というだけのことだ。さっさと殺しに来い。スキルが欲しいのだろう?」

 

 ゲーテは不死の王。

 特に死霊系の魔法に特化しており、第十三階梯までの全魔法を詠唱破棄で行使できる。

 

 ――第九階梯死霊魔法「冥界異聞」

 

 巨大な門が開き、その内より無数のアンデッドが溢れ出した。

 選択を迫られるアルバートは、素手にて対応。

 しかし出現するアンデッド自体の性能が高く、一発殴った程度では破壊されない。それどころか反撃を受け、宿舎の壁を貫通して屋外へと飛ばされる。

 

 ――物理的攻撃には弱く、そして「耐性」も対象外、か?だとしても。


 「手の内を知られているとやりにくいな」

 

 そして投げ出された空中のアルバートを狙い、雷撃が疾走する。

 術式の分析に取り掛かるも、やはり術が高度で生半可に解体できない。

 体術での回避は不能と判断。

 「明鏡」を解いた無防備な状態のため、アルバートは回復魔法を全開にして迎え打つ。

 

 ――パリッ。

 

 過電流と空気中で視認できるほどの高電圧。

 体内電流を狂わせ、肉体は焦げ許容範囲を大きく超過する。

 従って回路は一瞬にしてショートし、なおも流れる高電圧は回路を物理的に破壊する。

 下半身と左胸が吹き飛び、アルバートに激痛が走る。

 口から流れ出す血液を手っ取り早く排出し、全開にしていた回復魔法が作動する。

 

 ――第三階梯神聖祈祷「大天使の箱庭」

 

 スキルの同時併用は困難。

 既に「耐性」を用いているため、非効率な回復魔法――それも神聖祈祷で対抗するしかない。

 

 ――やはり部が悪い。勝ち目のない戦闘だな。

 

 四角形が回転し、五角形となって回転を続ける。

 あまり「耐性」の効果を感じない。

 アンデッドの大群が押し寄せ、再び物理的攻撃を浴びる。単純に肉体が仕上がっていないため、今のアルバートに白兵戦は弱い。

 

 ――精霊魔法「祝


 「遅い」

 

 ――魔法解体

 

 現代魔法は理論化されておりその解体は離れ業ではあるものの可能である。

 これが神代となると解析不明となるため、魔力の親和性が非常に高く持ち前のセンスだけで解体できるアルバートのようなエルフでなければ不可能に等しい。

 七神でも二柱のみが可能とする古代魔法の解体。

 アルバートは瞠目した。

 

 ――術理を破壊したのか?精霊魔法を?

 

 生前とは常識がかけ離れていて、最早同じ魔法かどうかすら疑わしい。


 「クッ。化物が」

 

 迫り来るアンデッドの大群。

 しかし今度は時間に余裕がある。

 アルバートは手掌を下に向け軽く振り下ろした。

 次の瞬間、骸骨やゾンビは一斉に地面へ叩きつけられ、その圧力を持って圧殺された。

 魔力そのものを質量として一気に押しつぶす。

 接近戦への対策として強力な一方で、魔法それ自体に対してはほとんで効果が見られないのが欠点。

 

 ――第十一階梯時間魔法「時間停止」

 

 発動の瞬間に時間は停止する。

 加えて詠唱などの予兆が無いため、アルバートは時間の停止に気が付かない。

 そして次の瞬間、アルバートは目前のゲーテによって心臓を刺されている。

 

 ――む、再生ができない。

 

 その刀は、アルバートにも見覚えがあった。


 「逆賊めが」

 

 ――妖刀「阿難」

 

 その傷は不治の呪いを帯び、永劫にその身に刻まれる。

 その妖刀が、心臓を突き刺したのである。


 「幕だ」

 

 立て続けに肩から袈裟に斬り下ろし、二度と再生することなく肉体が分離する。

 大量の血を吐きながらも、アルバートの表情には余裕があった。

 というより、痩せ我慢をしていたのかもしれない。

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