英雄という名の呪い
月明かりが、無残に崩れ落ちた鍛冶場の壁を青白く照らしていた。
舞い上がっていた土煙はようやく収まったが、悠が半年かけて築き上げた「平穏な隠れ家」は、見る影もなく瓦礫の山と化していた。
「……はぁ。気に入ってたんだけどな、この場所」
悠は焼け焦げた作業椅子を拾い上げ、埃を払ってドカッとし腰掛けた。その背中は、戦闘時の覇気とは程遠く、ただただ疲れ切った青年のそれだった。
「悠人さん……いえ、片桐悠さん」
リリアが瓦礫を踏みしめ、正面に立つ。
彼女の手には、泥にまみれた剣が握られたままだ。その瞳は揺れているが、もうそこには「疑念」ではなく、確固たる「問い」があった。
「あの黒いローブの男……彼らは、何者なんですか? なぜ、執拗にあなたを狙うのですか」
悠は夜空を見上げ、諦めたように頭をかいた。
もう、嘘をつく気力も残っていない。
「……あいつは、『宵闇(よいやみ)の教団』の残党だ。かつて魔王軍の中枢で、禁忌の儀式を執り行っていた連中さ」
「魔王軍の……残党?」
「ああ。3年前、俺たちのパーティーが魔王を討伐した時、城にいた幹部たちは散り散りに逃げた。その生き残りだよ」
悠は足元の石ころを蹴った。カラン、と乾いた音が響く。
「俺はな、あいつらにとって『目の上のたんこぶ』なんだよ。勇者みたいに剣で切り伏せてくる相手なら、奴らもまだ納得がいっただろうさ。戦って負けたなら名誉もある」
そこで悠は言葉を切り、自嘲気味に笑った。
「でも、俺は違った。俺はただ『守った』だけだ。奴らが数年かけて準備した大魔法も、数千の生贄を捧げた呪いも、必死で放った渾身の一撃も……俺はすべて、棒立ちで受け止めて無効化した」
それは、英雄譚として聞けば痛快な話だ。
しかし、悠の語り口には覇気がなく、むしろ深い徒労感が滲んでいた。
「自分の全力を、指一本動かさない相手に全否定される屈辱。……あいつらにとって、俺は殺しても殺し足りない『絶望の象徴』なんだろうよ」
リリアは息を呑んだ。
目の前の青年が背負ってきたのは、栄光などではない。敗者たちの底知れぬ怨念と、逆恨みという名の呪いだ。
最強の盾を持つがゆえに、彼はすべての悪意を一手に引き受けてきたのだ。
「だから俺は逃げたんだ。ギルドからも、仲間からも。……俺がいれば、周囲まで巻き込まれる。今日の村みたいにな」
悠の声が沈む。
それは、彼が隠居を選んだ本当の理由――「自分への罰」にも似た孤独への逃避だった。
「あいつらの狙いは俺の命だけじゃない。さっき『計画』って言ってただろ? おそらく、俺という『蓋』をどかして、再び何かを呼び戻そうとしてるんだ。……魔王か、それ以上のナニカをな」
重すぎる真実が、夜の寒さと共にリリアの肩にのしかかる。
しかし、彼女は視線を逸らさなかった。
「……それで、あなたはまた逃げるんですか? 別の村へ、別の土地へ」
「そうするしかないだろ。ここにいたら、またお前たちが――」
「逃がしません」
リリアの凛とした声が、悠の言葉を遮った。
「え?」
「あなたは今日、私を守りました。村を守りました。その結果、居場所がバレてしまった。……なら、責任を取るのは私たちの方です」
リリアは剣を鞘に納め、真っ直ぐに悠を見据えた。
「逃げるのではなく、終わらせましょう。あの教団も、あなたの過去も。……私が、あなたの『盾』になりますとは言えません。でも、あなたの『剣』にはなれます」
悠は呆気にとられた顔をした。
最強のタンクに向かって、共闘を持ちかける少女。それはあまりにも無謀で、そして、かつての仲間たちすら言わなかった言葉だった。
「……剣、ねぇ」
悠は大きく息を吐き、崩れた天井から覗く月を見た。
不思議と、先ほどまでの鉛のような重さが、少しだけ軽くなっている気がした。
「ま、とりあえず今日は寝かせてくれ。……世界の危機について考えるのは、明日だ。明日」
そう言って立ち上がった悠の横顔には、諦めではなく、微かな覚悟の色が戻り始めていた。
次の更新予定
2026年1月4日 09:17
世界最強タンクは隠居したい〜シャイすぎるタンクの冒険譚〜 @ikkyu33
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