錆びつかない「絶対守護」


 鍛冶場の空気が、質量を伴って重くのしかかる。

 黒いローブの男から放たれるのは、明確な殺意と、肌を刺すような高密度の魔力だった。リリアは反射的に剣を構えるが、指先が震えるのを止められない。生物としての格が違う――彼女の本能がそう警鐘を鳴らしているのだ。


「悠人さん、この人は……一体……」

「さあな。だが、ろくな客じゃないことだけは確かだ」


 悠の声から、先ほどまでの「頼りない鍛冶屋」の響きが消えていた。

 彼は男から視線を外さず、油断なく間合いを測っている。その構えのない立ち姿こそが、逆に隙のなさを物語っていた。


「クク……変わらんな、その澄ました顔は。隠居を決め込んで牙が抜けたかと思ったが、警戒心だけは一流のままだ」


 男は愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、悠をねめ回す。


「俺にはわかるぞ。貴様こそが本物の『絶対守護(イージス)』。あの時、我々の悲願であった魔王復活の儀式を、たった一人で耐え抜き、計画を破綻させた忌々しい鉄壁だ!」


「絶対……守護……?」

 リリアが息を呑む。その名は、御伽噺として語られる英雄の代名詞。

「やっぱり、悠人さんは……!」

「……あーあ、面倒なことになったな」


 悠はガシガシと頭をかき、心底嫌そうに溜息をついた。

 だが、その瞳は鋭く研ぎ澄まされ、男の一挙手一投足を見逃してはいない。


「俺の居場所を突き止めて、わざわざこんな辺境まで来たんだ。積もる話をしに来たわけじゃないんだろ?」

「当然だ!」


 男が腕を振り上げる。

 影が蠢き、床からコールタールのような闇が噴き出した。それは瞬く間に異形の獣――四本の腕と赤い瞳を持つ漆黒の魔獣へと姿を変える。


「挨拶代わりだ! 貴様のその自慢の防御が、平和ボケでどれほど錆びついたか試させてもらおう!」

「グルルルルッ……!」


 魔獣の咆哮が、鍛冶場の窓ガラスをビリビリと震わせる。

 悠は一歩前に出ると、背後のリリアに背中越しに告げた。


「リリア、外へ出ろ」

「えっ、でも! 悠人さんを一人には――」

「いいから行け。……ここにいられたら、守りきれない」


 冷徹な響き。しかしそれは突き放す言葉ではなく、プロフェッショナルとしての冷静な判断だった。

 リリアはその背中に、巨大な山のような安心感と威圧感を感じ、言葉を飲み込む。今の自分では足手まといになるだけだ。


「……わかりました。どうか、ご無事で!」

 リリアが扉から飛び出すのと同時に、魔獣が床を蹴った。


「喰らい尽くせ!」


 弾丸のような突進。鋭利な爪が悠の喉元へと迫る。

 悠は慌てず、作業台の下に転がっていた鉄板――試作品の盾を拾い上げた。装飾もなにもない、ただの分厚い鉄の塊だ。


「錆びついたか、だと?」


 ガギィィィンッ!!


 轟音が鼓膜を叩く。

 魔獣の一撃は、悠が掲げた鉄板によって完全に遮断されていた。

 衝撃波が周囲の工具を吹き飛ばし、床石に亀裂が入る。だが、悠の両足は大地に根を張った大木のように、ミリ単位すら後退していなかった。


「な……ッ!?」

 男の目が見開かれる。

「あの突進を、ノックバックなしで受け止めたというのか……!?」


 鉄板の向こう側から、悠の冷ややかな視線が覗く。

 汗一つかいていない。呼吸すら乱れていない。


「お前が俺をどう評価しようが勝手だがな」


 悠が腕に力を込めると、鉄板が淡い黄金の光を帯び始めた。

 それは魔獣の闇を中和し、ジリジリと押し返していく。


「俺はまだ、誰かに『盾』を譲った覚えはないんだよ」


 ダンッ! と悠が踏み込むと、魔獣は巨大な質量に弾かれたように吹き飛んだ。

 悠は光を放つ鉄板を構え直し、呆然とする男を見据える。


「次は全部まとめてかかってこい。……俺の守りは、そう簡単には割れねえぞ」

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