鍛冶屋の言い訳は苦しすぎる


 鍛冶場に、重苦しい沈黙が垂れ込めていた。

 普段なら鉄を打つ音が響くこの神聖な職場で、悠は今、人生最大級の居心地の悪さを味わっていた。


 目の前に座るのは、村を訪れていた女剣士、リリア。

 彼女の碧眼は、まるで獲物の急所を探る鷹のように鋭く、逃げ場を探して泳ぐ悠の瞳を逃さない。


「悠人さん。単刀直入に伺います。昨日の騒ぎについて、何かご存知ですよね?」


 静かな、しかし確信に満ちた声だった。

 悠は脂汗の滲む手で、意味もなく作業台のハンマーを握りしめる。


「え、えっと……俺、知らないよ? あ、あはは、俺はただの鍛冶屋だし……鉄を打つことくらいしか脳がないからさ」


 声が裏返った。最悪だ。

 自分でも驚くほど不自然な笑顔が張り付いているのが分かる。視線を合わせるのが苦手な彼は、リリアの肩越しにある壁のシミを見つめることで精一杯だった。


「ですが」

 リリアは畳み掛ける。

「この辺境の村で、あれだけの規模の魔物を一掃できる戦力が存在するとは考えにくい。それに、私が目撃した『光の盾』……あれは、高位の神聖魔法か、それに匹敵するユニークスキル特有の波長でした」


(し、しまった……この子、ただの冒険者じゃない。勘が鋭すぎる……!)


 悠は内心で頭を抱えた。

 彼女の視線は、「隠しても無駄です」と語っている。悠は作業台の上のネジを指でいじり回しながら、必死に思考を巡らせた。


「そ、それなら、あれじゃないかな。ほら、たまたま通りかかった高名な聖騎士とか、旅の賢者とか……!」

「そんな偶然、ありますか?」

「あ、あるある! 世界は広いからなー!」

「……悠人さん」


 リリアが身を乗り出す。その圧力に、悠は椅子ごと後ろへのけぞった。


「あなた、目が泳いでます。それに冷や汗もひどい。……何を隠しているんですか?」

「隠してなんてないよ! 俺は挙動不審なんかじゃない! これが平常運転なんだよ!」


 もはや支離滅裂だった。

 シャイで人付き合いが苦手な悠にとって、この尋問はSランクのボス戦よりも精神を削る苦行だった。


 その時だ。


「魔物だーーっ! 魔物がまた来たぞーーっ!!」


 外から悲鳴のような絶叫が響き渡った。

 悠の顔に、不謹慎ながらもパッと安堵の色が浮かぶ。


(た、助かった……! いや、村が襲われてるんだから助かってはないけど、この尋問からは解放される!)


「お、俺、見てくるよ! その……鍛冶屋として、武器の点検とかしなきゃいけないし!」

「待ってください! 私も行きます!」


 逃げるように飛び出した悠を、リリアが剣を携えて追う。

 会話は中断されたが、問題は何一つ解決していなかった。


* * *


 村の外れは、既に阿鼻叫喚の巷と化していた。

 オークの群れが、防衛線を突破しようと暴れ回っている。


「村の皆さんは下がってください! 私が食い止めます!」


 リリアは躊躇なく剣を抜き、群れの中へと躍り込んだ。流麗な剣技で先頭のオークを切り伏せる。しかし、敵の数が多すぎる。


 一方で悠は、戦場の端でオロオロと右往左往していた。

 手には護身用にと持ってきた火かき棒。もちろん、振るうつもりはない。


(どうする、どうする……! ここで俺が手を出したら、さっきの疑惑が確信に変わる。でも、このままだとリリアさんが危ない!)


 リリアの剣筋は見事だが、多勢に無勢だ。一匹のオークが彼女の死角から棍棒を振り上げるのが見えた。

 

 ――思考するより先に、悠の「守る」本能が体を動かしていた。


「あーもう! ちょっとだけだぞ……!」


 悠はリリアへ向けて手をかざすふりをし、誰にも聞こえないほどの小声で、しかし明確な意思を込めて紡いだ。


「――『守護結界(ガーディアン・フィールド)』」


 刹那。

 世界の色が変わった。

 リリアを中心とした半径数メートルが、黄金の光に包まれる。それは半透明のドーム状の壁となり、振り下ろされたオークの棍棒を、まるで羽毛でも受け止めるかのように無音で弾き返した。


 それだけではない。壁に触れた魔物たちは、その聖なる波動に耐えきれず、絶叫と共に消滅していく。


「えっ……なに、これ……?」


 リリアが呆然と周囲を見渡す。

 彼女を包むその光は、あまりにも温かく、そしてあまりにも強固だった。絶対的な安心感。それはまさに、伝説の英雄だけが扱えるとされる神の御業。


 悠は慌てて火かき棒を振り回し、わざとらしく叫んだ。


「い、いやー! 最近の鍛冶屋の技術ってすげーな! こんな便利なアイテムも作れちゃうんだからさ!」


 リリアがバッと振り返る。その目は驚愕から、絶対的な疑念へと変わっていた。


「そんなわけありません! 鍛冶技術でどうやって神聖結界を展開するんですか! これは国宝級のアーティファクトでも不可能な出力ですよ!?」

「あ、あー、あの、詳しいことは企業秘密っていうか……ほら、そっちまだ残ってるから! 前見て前!」


 悠は必死に指差し、リリアの視線を逸らそうとする。

 魔物は一掃され、村は守られた。

 だが、悠の「平穏な隠居生活」を守る壁は、今まさに崩壊寸前だった。


「悠人さん……あなた、本当は何者なんですか?」


 静まり返った戦場で、リリアの問いが重く響く。

 村人たちの感謝の歓声が遠くに聞こえる中、悠は冷や汗まみれで引きつった笑みを浮かべるしかなかった。


(終わった……。完全に目をつけられた。どうすんだよこれ……!)


 最強の防御力を誇る元英雄は今、少女の純粋な追及に対して、あまりにも無防備だった。

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