モフモフは魔族との架け橋
村の英雄は名乗りたくない
翌朝。
村を包む空気は、昨夜の騒乱の余韻でまだ少しざらついていた。
悠はあえていつも通り、日の出と共に鍛冶場の炉に火を入れた。カン、カン、というリズミカルな打撃音だけが、彼の平静さを証明する唯一の手段だったからだ。
「よう、悠人(はると)。……無事だったか」
入口から声をかけてきたのは、常連の農夫ガルドだった。その顔には疲労の色が濃く、差し出された鍬(くわ)の柄はひどく曲がっていた。逃げる最中に転んだのだろうか。
「ああ、ガルドか。俺はこの通りさ。そっちは大変だったみたいだな」
悠は熱した鉄から目を離さず、努めて無関心を装った。ここで顔を上げてしまえば、目の動揺を悟られる気がしたからだ。
「ああ、生きた心地がしなかったよ。……だがな、悠人。妙な噂を聞かなかったか?」
ガルドの声のトーンが、ふと低くなる。
「噂?」
「昨夜のことだ。誰か……とんでもない手練れが魔物を一掃したって話だ」
悠の手元がわずかに狂い、ハンマーが妙な音を立てた。彼はそれを「硬い節に当たった」ように見せかけ、内心でじっとりと冷や汗をかく。
「へえ、そうなのか。まあ、村が無事なら誰がやったとしても重畳(ちょうじょう)じゃないか」
「いや、ただの『誰か』じゃねぇんだよ」
ガルドは身を乗り出し、声を潜めた。
「お前も後で見に行くといい。村外れの森が……まるで巨人に踏み潰されたみたいに、根こそぎ平らになってるんだ。あんな芸当、普通の人間には無理だ。騎士団の魔法使いだってあんなことはできねぇ」
ガルドの瞳には、恐怖と、それ以上の好奇心が宿っていた。それは英雄に憧れる子供のような、しかし正体不明の力を畏れるような目だった。
「……そりゃあ、すごいな。俺には関係ない話だが」
悠は平静を保つため、無心で鍬を叩き続けた。
早く帰ってくれ。これ以上、俺の反応を探らないでくれ。
「それより、この修理なら銀貨一枚でいいぞ。急ぎだろ?」
「お、おう……助かるよ」
安さにつられたガルドが去っていく背中を見送り、悠は大きく息を吐き出した。金床に手をつき、自身のこめかみを押さえる。
(危なかった……。完全にバレてはいないが、確実に怪しまれ始めてる)
* * *
その日の午後。
村の広場には、不安と期待を抱えた村人たちが集まっていた。
壇上に立った村長のフリードが、重々しい口調で切り出す。
「皆も知っての通り、昨夜の魔物の襲撃は我々にとって危機的状況であった。だが、我々は生き延びた。……姿を見せぬ、名もなき英雄のおかげでな」
群衆の最後方、木陰に隠れるようにして立っていた悠は、その言葉を聞いて心の中で頭を抱えた。
村長の言葉に、村人たちがざわめく。「誰なんだ?」「旅の冒険者か?」「いや、神の使いかもしれん」――憶測が飛び交う。
(頼むから騒がないでくれ。俺は名乗り出るつもりなんて更々ないんだ。このまま風化してくれ……)
悠がそう願った直後、幼い少女の声が響き渡った。
「わたし、見たの!」
静まり返る広場。母親の袖を掴んだ少女が、興奮気味に指を差して叫んだ。
「昨日の夜、森の方でね、すっごく大きな『光る盾』みたいなのが見えたの! それがバァーッて広がって、魔物をみんなドーンってしちゃったんだよ!」
――ッ!
悠の背筋を、氷のような戦慄が駆け抜けた。
光る盾。それは間違いなく、彼のユニークスキル『絶対守護』が発動した際のエフェクトだ。視覚的な特徴まで見られていたとは計算外だった。
「光る盾……? まさか、防御結界か?」
「そんな高度な魔法を使える奴が、この村にいるってのか?」
村人たちの視線が、互いを探り合うように交錯し始める。
まさか、あの人が? いや、あいつか?
その疑心暗鬼の空気は、隠遁者である悠にとって最も居心地の悪いものだった。
「……誰であれ」
村長が再び声を張り上げ、ざわめきを制する。
「村を守ってくれたことには感謝しかない。だが、正体がわからぬ以上、我々もただ安心しているわけにはいかん。その力、果たして味方なのか、それとも……」
村長の懸念はもっともだ。正体不明の強大な力は、時として魔物以上の脅威と見なされる。
悠は帽子のつばを深く押し下げ、自身の表情を隠した。
(……まずいな。これじゃあ隠居どころか、指名手配犯みたいな扱いじゃないか)
平穏なスローライフを守るための行動が、皮肉にも平穏を崩す一番の引き金となってしまったことを、悠は痛感していた。
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