第六章 焼芋令嬢は溺愛される
第17話 校外学習と討伐とサバイバルと
フロリアン魔法学園に入学してから二週間。
私は今、山に来ている。
今日は、フロリアン魔法学園の校外学習の日である。
「みなさん、ついてこれてますか?」
エルム先生の指導のもと、私たち一年生は山を登っていた。
そう、山である。
これは原作乙女ゲームの初期に実装された、ジャレッドとのストーリーイベントであった。
ジャレッドは、自分の傲慢ゆえにピンチに陥る。
そうして、闇堕ちするのだが――ヒロインであるリリーに浄化され、彼女に救われるのだ。
「せ、先生、ちょっとペースを落としてください……」
一人の男子生徒が、肩で息をしながらエルム先生に言う。
「そうですね。そろそろ校外学習の趣旨も説明しないとですし――ちょっと休憩にしましょうか」
山の中の開けた場所にみんなで腰かけ、エルム先生が説明を始めた。
「まず、この山の中ですが。魔物が出ます」
生徒がどよめいた。
入学して二週間、私たちは初めての授業を除けば一度も野生の魔物と戦っていない。
貴族の仕事は、魔物や賊と戦うことだ。
修練はしていても実戦経験がなければ、意味がないということだろう。
「静かに。ここに魔物はいますが――すべて、霊障級から悪霊級の雑魚です。はい、リリーさん。魔物の等級を下から挙げていってください」
「下から霊障級、悪霊級、怪異級、厄災級、魔王級です」
「では、それぞれに対応できる戦力を騎士団で喩えて答えてください。アンソニーさん」
「霊障級は武器があれば倒せる。悪霊級は騎士が一人いれば安心。怪異級は小隊が必要。厄災級は最低でも五〇〇人の大隊相当、魔王級は国軍ひとつと相打ち覚悟、です」
「お二人とも正解です。みなさん、ここで三日間生き延びてください」
「三日間!?」
さらに生徒たちがどよめく。
これは「花と散るエデン」がサービス開始してから――アンソニーの闇堕ちイベントを除けばだが――最初のメインストーリーイベントである。
そのため、難易度調整とかメンテナンスとかそういうのがうまくいかず、「地獄イベント」と語り草にされていた。
敵だらけの状況で、回復アイテムもなくひたすら連戦を強いられる。
素材や魔石なんかは美味しいイベントだったが、三日間生き延びるという課題はなかなか厳しい。
――待てよ。三日間、芋を食べられないってこと!?
「ローズさん」
私の心を読んだように、エルム先生は笑った。
「三日間耐えたあとの芋は、格別だと思いますよ。――なるべく耐えてくださいね」
エルム先生は、最初に私の身体に魔力を流したときと同じ顔をしていた。
――楽しんでやがる、このサド教師!
その場にいる生徒の心が一つになったのがわかった。
「食料なんかはお渡しします。みなさん頑張りましょうね!」
こうして、私たち一年生は魔物だらけの山に放たれることになったのだ。
★
「まずは地形を把握――いや、出てくる魔物を片端から倒したほうがいいのかしら……?」
あのあと。
山の中にランダムに転送される転移門に順番に入れられた。
「死にそうになったらこれを使うように、って渡されたけど……」
私はパンツスタイルの制服の腰に下げた筒を見る。
紐を引っ張ると魔法の煙が出て、助けを呼べる魔道具だ。
「まさか、地獄イベントと呼ばれて久しい初期イベントを体験する日がくるなんて――」
私は周囲を見渡した。
小型で比較的弱そうな魔物が三体、じりじりと迫ってくる。
「冗談じゃありませんわ。私は――」
身体を半身にして、魔物と相対する。
「生きて帰って芋を食べたいんですのよ!」
矢を番えるように、手を引く。
炎の矢がそこに現れた。
「
狙いを定めて、矢を放つ。
「ぎゃぶっ」
命中。
魔物の一体を炎で焦がすことに成功した。
「やった!」
魔物の身体が霧散し、魔石が残される。
私はそれを拾って駆け出した。
魔石はガチャを回すためだけに使うのではない。
コンティニューアイテムでもある。
つまり――潰すと体力・魔力が回復するアイテムなのだ。
拾っておいて損はない。
私は腰に下げていたレイピアを掲げる。
こういうとき、身体が動かなくなるのが一番よくない。
正眼に構えて、魔力をレイピアに流す。
息を吸って、吐く。
ここはゲームにそっくりだけれど、ゲームの世界じゃない。
現実だ。
「こうなったらやってやりますわ――どこからでもかかってらっしゃい」
私の長い三日間が、幕を開けた。
どれくらい時間が経っただろうか。
そんな場違いなことを考える。
アンソニー。ジャレッド。リリー。セオ学園長。エルム先生。シオン先生。他のクラスのみんな。どうしているだろうか?
「それにしても……お腹が空きましたわね」
腹を空かせた私は、二体の魔物に囲まれていた。
「ぎるぎるぎるぎる、ぎるていいいいいい」
「ぐえええええええええ、ぐえないいいい」
魔物は、部分的ではあるが人語を解する。
獣に人間のパーツを無理矢理くっつけたような形をしていて、とことん気持ち悪い。
「――いきますわよ」
レイピアを構え、走り出す。
隙を見逃さず、魔物の一体の首を落とす。
もう一体がこちらに飛びかかってこようとする。
「
すかさず呪文を唱えた。
魔物の脳天に芋が直撃し、絶命した魔物が霧散する。
「さて、この芋は早めに頂かないといけませんわね」
私は魔法で火をおこして芋を焼く。
この山の中で過ごしていてわかったことがある。
魔法で呼び出した芋には魔力がこもっている。
そして、魔力のこもった芋を食べることで回復できるのだ。
「永久機関が完成しましたわね……これでノーベル賞は私のものですわ」
まあ、この世界にノーベル賞なんてないんだけど。
芋をモリモリと食べ終えてから、周囲を散策する。
魔物は火を恐れる。
しかし、魔物が恐れて近寄らないほど強い火を常に絶やさずいられるわけもない。
「生き残るのに一番手っ取り早いのは、山の中を絶えず歩き回ること――まったく、とんだ地獄イベントですわ」
私は芋を食べられている。
しかし、他のみんなはあたたかい食料など得られてはいないだろう。
「みんな、無事だといいけれど――」
「ぎゃああああああ!」
悲鳴と、煙があがった。
――救出の合図!
「聞いてない、こんな奴がいるなんて聞いてないぞ!?」
クラスメイトの悲鳴が聞こえる。
私はその方角に向かって走った。
視界が開け、広い場所に出る。
「大丈夫か!? 待ってろ、今に助けが来る!」
黒いポニーテールが揺れる。
腕の骨を折られた男子生徒が一人。
彼を助けおこすジャレッドが、こちらを振り向いていた。
目の前には――明らかに怪異級であろう、蛸に似た形をした大型の魔物がいた。
頭の上であろう場所に目と口がついており、気持ち悪さにも磨きがかかっている。
「逃げろ、ローズ!」
魔物の触手が私に迫る。
ジャレッドが、私を庇って魔物の腕に弾き飛ばされる。
「……ッ、
咄嗟に魔法を放つ。
魔物が火に面食らい、後退する。
その間に、私は二人に駆け寄る。
「……う、ローズ……」
「ジャレッド様、しっかり……!」
私はジャレッドに魔石を握らせる。
手を握り込んで石を割らせると、少し血色が戻った。
もう一人の生徒に同じことをするが、ショックで気絶してしまっている。
「魔物は!?」
「こちらを窺っていますわ。火を恐れているようです」
「……助けが来る気配がないな」
「怪異級になると、気配を遮断する魔物がいるといいます。その類かもしれませんわ」
私は知っている。
あの蛸に似た魔物は、この山のボスである。
しかしこの戦闘は――負けイベントだ。
魔物によって重傷を負ったジャレッドが、そのまま魔物に憑かれて闇堕ちするストーリーなのだ。
けれど、そんな悠長なこと言ってられない。
倒さないと、こいつは確実に山のみんなを襲う。
ここで仕留めておかなくては――全員が、危ない。
「こうなったら――倒すしか、ないようですわね」
「ああ。やろう、ローズ嬢」
私たちは、魔物に向きなおった。
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