第16話 ジャレッド皇子と焼芋令嬢とはじめての感情と
俺はジャレッド・ケラヴノス。年は今年で十五になる。
ケラヴノス皇国の皇太子として、フロリアン魔法学園に留学している。
実を言うと、俺はこの留学に乗り気ではなかった。
――今更他国で学ぶことなど、なにがあるというのだ。
小さい頃から、皇族として魔法の訓練を課されていた。
俺にとって、授業は退屈なものでしかなかった。
最初の授業は、魔力の流れを掴むために教師陣の魔力を流されるというものだ。
――こんなもの、五歳の頃には済ませている。
そう言いたくなった。
しかし、俺はケラヴノス皇国の代表として来ているのだ。
他国の授業を貶すわけにもいかない。
――正直、あくびが出そうだ。
魔力を流されて悲鳴をあげる他の生徒を見ながら、少なからず失望していた。
隣国とはいえこの程度のことを、学園でわざわざ教えるとは。
とっくに固有魔法が発現している身としては、自習でもしていたほうがはるかに有意義だ。
むろん、通過儀礼の意味合いがあることもわかっている。
――この程度の通過儀礼を学園でわざわざやるとは、フロリアン王国というのはずいぶん平和なんだな。
もう授業を抜け出してしまおうかと思った、その時だった。
「――みんな! 逃げて!」
一人の令嬢――信じがたいことに、学舎で芋を焼いていた令嬢、ローズ・シルヴェスターだ。
彼女が突然、声を張りあげた。
授業の冒頭で魔力のコントロールを実演していた、金髪の令嬢だった。
ローズだけは、なんの前触れもなくいきなり魔力を流されていた。
にもかかわらず、悲鳴もあげず魔力をコントロールしてみせていた。
不思議と印象に残る令嬢だと思った。
……いやまあ、自ら芋を焼く令嬢なんて忘れられるものではないけれど。
その思考は、禍々しい雄叫びで遮られる。
魔物が授業に乱入してきたのだ。
「――――!!」
十五年生きてきて、野生の魔物と対峙するのは初めてだった、
びりびりと、魔物の雄叫びが空気を震わせる、
身体がすくむ。
どう動いたらいいかわからない。
魔物がこちらへ迫ってきている。
魔物に一番近かった
「
俺のすぐ隣にいた青い髪の生徒――確かフロリアン王国の第二王子、アンソニーだったか。
彼は、迷うことなく魔法で魔物に攻撃した。
「ローズ! こっちへ!」
「いま先生方を呼んでもらっている! それまでなんとかここで食い止める!」
決意を宿した瞳の彼は、王族としてかくあるべしという姿だった。
――俺は、さっきまでなにを考えていた?
羞恥のあまり、その場にうずくまりそうになった。
金髪の令嬢――ローズは、自分の身より周囲の安全を優先して声をあげた。
この国の王子――アンソニーは、陣頭に立って皆を守ろうとしている。
――お前はなにをしている、ジャレッド・ケラヴノス!
貴族や王族なら。魔物とは当然戦わなければならない。
固有魔法が目覚めているから、魔法の訓練を幼い頃からしてきたから、一体なんだというのだ。
捕まった魔物となら戦ったことがある。
できるはずだ。
己を鼓舞し、アンソニーの横に立つ。
彼一人で魔物を食い止めるのはどう考えても無理だ。
ならば、――俺がやるしかないだろう。
前を向け。
胸を張れ。
「食い止めるだけでいいのか?」
静かな声が出る。
腹が決まれば、あとはやるだけだった。
「倒してしまっていいだろう。――雷電よ」
幸い、アンソニーの魔法で魔物の身体は濡れている。
純水でない限り――水は、電気を通す。
俺の固有魔法、雷電は魔物に直撃した。
その後。
「
不可侵の結界を張ったサツマイモを激突させるという魔法を使った令嬢――ローズ・シルヴェスター。
彼女と、確か特待生で新入生代表挨拶をした、リリー・ブロッサム。
二人がトドメを刺し、なんとか魔物を倒すことができた。
俺はというと。
芋を空間転移させるという固有魔法を目の当たりにした衝撃が強すぎて、その晩はあまり眠れなかった。
少し浅い眠りに入れはしたが、芋を脳天に落とされる夢を見てうなされた。
「……はあ」
「どうしましたか、若。ため息などついて」
翌朝。
学園から出された座学の課題を片付けていると、従者のイーサンが声をかけてきた。
灰色の髪をした目の細い彼は、俺に幼いころから仕えていてくれる側近だ。
「……芋がな」
「芋」
「焼芋令嬢が、頭から離れなくて」
「……ああ、若にも春が来たんですね」
「どうしてそうなる」
にやにやと笑うイーサンを置いて、外で読書をしに出た。
その先で、当の焼芋令嬢ことローズにお茶会の招待状を渡されてしまった。
部屋に帰ってイーサンにわけを話したら、爆笑された。
悔しいことに、お茶会自体は楽しいものだった。
アンソニーとも仲良くなった。
俺とアンソニーとローズ、たまにリリー・ブロッサムが一緒に過ごす時間が増えた。
気づけば、俺はローズ・シルヴェスターを目で追うようになった。
彼女には婚約者がいる。
何度も、自分にそう言い聞かせた。
けれど、いくら言い聞かせても、自分の身体が言うことをきかない。
「ジャレッド様、おはようございます」
芋ではなく彼女の笑顔が頭から離れなくなった。
自分がおかしくなったのかと、しばらく悩んだ。
★
「……認めたくない」
数週間後。
授業の間に焼芋令嬢――ローズ・シルヴェスターを目で追っている自分を自覚して、俺は頭を抱えていた。
「……いや、よく考えろ。ローズ嬢は
時刻は放課後。
俺は石窯の横にあるベンチに座って、本を読んでいる。
最近アンソニーともよく話すが、彼もローズの鈍さと焼芋への偏愛には遠い目をしていた。
どういうことだ、この感情はいったいなんだ。
――だめだ。内容が全く頭に入ってこない。
そもそも俺は、どうしてわざわざ石窯の横にあるベンチに座っているんだ。
学園にはいっぱいベンチがあるじゃないか。
――俺は、ローズに会いたいのか?
ふと、思いついてしまった。
顔が耳まで熱くなる。
「あら、ジャレッド殿下」
「違うぞ!?」
「なにがですの?」
当のローズがやってきて、思わず大きい声をあげてしまった。
「……いや、違わない。なんでもない」
「元気そうでなによりですわ。よいしょっと」
ローズが、エプロンをつけて石窯の手入れをしだす。
手袋をつけているが、制服から伸びた腕があまりにも細くて白くて、ぎょっとしてしまった。
「あなたは、石窯の掃除を自分でするんだな」
「? 当たり前でしょう? 自分のものは自分で片付けなければ」
鼻歌交じりに自ら石窯の掃除をする横顔を、じっと見ていた。
しゅっと通った鼻筋。
ウェーブのかかった、夕暮れ時の陽の色のような髪。
赤みがかった紫色の眼に、自分のほうを向いてほしいと思ってしまう。
心臓をぎゅっと掴まれたようになる。
けれど、ローズは焼き芋のことしか考えていないのだろう。
それでもいい、と思う自分を自覚して、苦笑してしまう。
なんだか、ごちゃごちゃと考えているのが馬鹿馬鹿しくなった。
……そうだ、自分の気持ちは、自分で片付けなければならない。
ふっきれて、認めてしまえば簡単なことだ。
心が軽くなる。
そうだ。俺は、芋が好きな彼女のことが好きなんだ。
他の誰でも、こんな気持ちにはならなかった。
夢中で掃除をしているローズに声をかける。
「……手伝おう」
「いいんですの?」
「ああ。……あなたは面白いな、本当に。見ていて飽きない」
今の俺は、きっと考えられないくらい柔らかい笑顔を浮かべているのだろう。
――この国に留学して、よかった。
俺は、どうしようもないくらいに、ローズ・シルヴェスターに恋をしている。
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