金縛り

看護助手として、病院で働いていたことがある。傷跡を引っ掻いてしまったり、安静な状態を保つことが難しい患者さんには身体の動きを抑制するつなぎを着せて強制的に自由を奪うような処置は日常茶飯事だった。認知症の方や重度の障害を負った患者さんばかりで業務は忙しい。ついていけなくなったわたしはついに退職した。


病院を退職し、たまっていた今までの疲れがざぱんと波のように押し寄せ、わたしは布団に潜り込むと同時に瞼を閉じた。すう…と意識が遠のいてゆく

、はずだった。パキンと音がした。それはわたしの身体がパキンと固まったからだ。息が浅くなってこのまま呼吸が止まったら洒落にならないなと思う。遠くにいっていたはずの意識が一気に引き戻されて完全に覚醒した。

うわー…またかよ!金縛りだ。わたしは学生時代から何度も金縛りにあってきたので、冷静だった。なぜなら金縛りとは、疲労が溜まりすぎた肉体と脳みそでバグが起こっているだけだからだ。古びた重いシャッターが下りたような硬い瞼で自力ではまったく上がらなくなり、身体が圧縮袋に入れられたように動かせなくなるが、いつもほんの一瞬なのだ。今回もふっと全身の筋肉が緩み同時に綿を持ち上げるように容易くまぶたも開くだろう。あーはいはい、日々お疲れさまですわたし!と軽い気持ちで金縛りが解けるのを待つ。




 うー…ううー……

 うううううう 

 うううう 

 ぐううえあ…



ドッドッドッドッドッと心臓が暴れ出す。聞いちゃいけない声だとわかった。

わたしの呼吸はさらに浅く、浅くなっていく。息、止まらないでくれ。胸の上に人の頭が乗っているような重みも感じている。グググと押しつけるようにどんどん重くなっていってる。やばい。リビングには家族がテレビを観て過ごしている。早く来て早く来て!早く気づいて!気づいて!やばい!金縛りにあってるの私!


絶えず唸り声が耳元で聞こえ続ける。わたしは勤務先の病院でつなぎを着せられて「しんどい。これとってくれ」と訴えてきた男性患者が脳内に浮かんでいた。看護師さんや看護助手の先輩スタッフには「相手にしちゃ駄目だよ」と教えられていたので、わたしはつなぎを脱がすことも訴えに応えることも出来なかったが…。



 しんどい…


 しんどい…


 かわってくれ

 かわってくれえ





 からだ、かわってくれええ…









うめき声に、訴えかけられた。












なんでわたしがあんたの苦しみ肩代わりせなあかんねん、図々しい。




わたしは冷静にシンプルに思った。

すごく静かな気分だ。

そして猛烈に苛ついていた。



身体と瞼が軽くなった。金縛りが解けた。




このエッセイを執筆しながら当時を振り返って思う。

幽霊だか、生霊だか、わたしが作り出した幻だか知らないが、他人に縋るんじゃねえよ。甘えやがって。





金縛りになったときには、強いメンタルが一番頼れると思う。

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