第17話 花の時期
「最悪解?」
「そう。私は晴と別れられない」
晴は驚いて鉄雄を見た。
「じゃあ、芽依と?」
「そう。芽依と灯花と…別れる」
「は?」と晴は多少、怒気を含んで言った。
「晴が一緒に住んでくれるってまで言ってくれたのは嬉しかったし。確かにそろそろまともな形になる時期っていうのも理解できたし」
「で? 芽依と灯花は?」
「灯花は大丈夫だし、芽依だって…なるべく早い方がいい。花の綺麗な時期は短いから」
「…じゃあ、なんで一緒になった?」
「楽しくて…暖かくて…今まできてしまった。本当はもっと早くこうするべきだった。…今から部屋、行っていい?」
「…いい」と晴は言ったものの、鉄雄の真意を図りかねていた。
「じゃ、連絡しとくわ」と言って、鉄雄は芽依にメッセージを送った。
「鉄雄は後悔しない?」
「後悔? どっちを選んでもすることでしょう?」と冷えた目で言われた。
そう言って、会計を頼む。食後のコーヒーを飲むことはしなかった。
昨日、灯花が寝たベッドのシーツは新しいものに変えられて、皺一つなく綺麗に貼られていた。鉄雄はそれを見て、小さく笑って、晴にキスをした。
「久しぶりに晴の味がした」
鉄雄の大きな手が晴の髪に差し込まれて、首後ろにくる。ランチの時間が終わってもまだ日が沈むには少しあって、明るい光が部屋に充満している。半年ぶりのお互いを確かめるように、手で触れ、キスをした。
「晴は少しも変わってない」
「鉄雄は…」
遮るようにキスをされた。鉄雄はいつも優しい愛し方だ。
「年を取ったこと、言われたくない」
「取ったとしても、魅力が増えるだけ」と晴は鉄雄の手の甲にキスをした。
鉄雄の手は大きくて骨張っている。その手が花を選択するのを見て、鉄雄に魅かれた。迷いがなく花を選ぶように、美しさを演出するようにその手の動きすら美しかった。
「好きだ」と晴は言う。
鉄雄は堪らなく晴が欲しくなった。
「我慢できない」
離れていた分、鉄雄は強く抱き締めた。
いつの間にか日が落ちて暗い部屋になっても、ずっと抱き合っていた。
お互いしか見えていない暗闇の中で。
互いの吐息を聴きながら、一つになっているような快感と、でもなれないようなもどかしさが狂おしくなる。
多分、長い夜ずっと繋がっていた。
朝日を感じてはいたけれど、目を開けることもできなければ、体も重くて動かせなかった。鉄雄が目を覚ましたのはお昼を超えた時間だった。珍しく晴も起きていなかった。どんなに夜遅くても六時には起きていたのに。晴を起こさないようにそっとベッドを抜け出る。携帯には仕事のメールが二件入っていたが、芽依からは昨日「わかりました」と返信以外は何も送られていなかった。
携帯を鞄に閉まった時、後ろから抱きしめられる。
「芽依から、なんて?」
「何も…来てない」
そう言って、体の向きを変えて、キスをする。
「おはよう」
「もう、お昼だけど?」と晴は言いながら、あくびをした。
鉄雄がシャワーを済ませると、先にシャワーを済ませていた晴がコーヒーを淹れていた。
「今日はどうする?」と晴が聞いたので、鉄雄は「帰った方がいい?」と聞き返す。
「…いや。ここにいて」
「分かった」
その日も鉄雄は芽依のところに帰らないことに決めた。何の連絡もしなかったし、今のところ向こうからも来なかった。
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