第15話 船上の女たち
船はゆっくりと進んで川沿いの景色を変えてゆく。川岸を歩く恋人たちが目についたので、私は目の前のママに視線を戻す。ママは少し緊張しているのか、姿勢がいつもよりもピンとしている。
私が晴さんを好きだと言うことは叶うことのない恋愛をすることになると言う事だ。きっとママはそれを心配して、パパと別れることを考えた気がする。それで晴さんと私に距離を作ろうと思ったかと、ママに聞いてみた。
「そんなこと…」
「ない? ほんと? じゃあ、私…晴さんのことずっと好きでいて、ママみたいに結婚してもらうよ?」
困った顔のママを見て、心の中で謝った。本当はママを追い詰めるようなこと言いたくないのに。
「それは…私がどうこう言うことじゃないけど…。でも灯花は赤ちゃんとか…そう言うこと…」
「ママ。私まだ中学生だけど?」
「あ、そうだけど」と顔を赤くして慌てるママを見ると、本当に可愛いと思う。
ママがいろんな人に愛されてるの、よく分かる。真面目なのに、抜けているところ、素直なところ。だからパパは女性が愛せないのに、ママのことが好きで一緒にいてくれてるんだと思う。
「…ママは私を産んで、パパと晴さんと育てて…幸せじゃなかったの?」
「ううん。とっても幸せだった。みんながいてくれて、とっても幸せだった」
「もう私が大きくなったから必要ない?」
「必要…とかじゃなくて…一緒にいてくれて…ありがたいんだけど。でも申し訳ない気持ちで」
「パパは…ママがいないと寂しくて死んじゃうんじゃないかな?」と笑いながら言うと、ママは真剣に考え始めた。
「いいのかな?」
「いいに決まってるでしょ。神立鉄雄は懐の大きい人間だから、大丈夫。私だって、まだまだ大きくなるから。ママは私が晴さんのこと好きになるのを心配してるんでしょ?」
「心配…。うん、少し」
「ごめんね。晴さんのことは好き。でもそれが叶わないのも…知ってる。だけど、何もできないかもしれないけど、晴さんが傷ついてるところを私が少しでも小さくできたらいいなって思ってるの。ダメだと思う?」
「すごいことだと思う」とママは首を横に振って言う。
本当に、ママは素直で可愛い。ママがパパに愛されているように、私も晴さんに好きになってもらいたい。
「だからね。応援してほしいし、悲しくなったら、ママ、一緒に泣いてくれる?」
「え?」
「ママが心配してるのもわかるけど…。でももう好きになっちゃったんだもん。辛いこと、一緒に悲しんで欲しい」
目を大きく開けたかと思うと、ママは涙を流して、最終的に頷いてくれた。私はきっとママなら分かってくれると思ってたし、世界中でただ一人味方になってくれる存在だと思っている。
「ありがとう。大好き」
「灯花…。私のところに生まれてきてくれてありがとう」
なんて、幸せな言葉をママは言うんだろう。私がにっこり笑った時に、ウェイターが料理を運んできた。前菜は可愛く三つ並んでいた。私もママも思わず声を上げて、喜んだ。すでにお腹が減っていたので、喜んで美味しくいただく。今頃、晴さんとパパはエッフェル塔のレストランで美味しいもの食べてるのかな? と想像して、たまにはこんな時間もいいな、と思った。だって、私はママが大好きだから。
「ママ写真撮ろう」と言って、私はママの横に行って、写真を撮る。
その写真をすぐにパパと晴さんに送った。するとすぐに晴さんの写真が送られてきた。きっとパパが撮ったんだろうけど、とてもいい角度の晴さんが写されている。
「さすが…パパ」と私が呟くと、ママが携帯を覗き込んできた。
「あ、晴さん…いつにも増して男前」
「パパ…やっぱり晴さんのこと知り尽くしてる。悔しい」と私は嘘泣きをした。
「…灯花? ライバルが近くにいるのも…辛くない? やっぱり…」
「ママ、その話はもう済んだでしょ? パパったら、もう」と私はママを写して、パパの携帯に送った。
しばらくして、「もっとラパンの写真送って」とメッセージが来たけど、私は無視して、食事を始めた。
ゆったりしたクルーズが終わって、川沿いの本を並べている本屋をしばらく見ていて、振り返るとママがフランス人男性に声をかけられていた。ママは何を言われているのか分からないし、私も分からない。道を聞かれているのかもしれないけれど、さっぱり分からなくて、私は「ママ」と言って近づくと、驚いたような顔で何かを言って、去っていった。
「今のってナンパなんじゃない?」と私が言うと、ママは驚いたような顔をしてから笑う。
「え? こんなおばさんに?」
「だってママ、若く見えるし。私がママって言ったら、去って行ったし。絶対、ナンパだよ」
「そうかな?」とママは首を傾ける。
ママはどうして自分の魅力に気がつかないんだろう。
「可愛いのに…。パパ以外にも素敵な人いっぱいいるのに」と私が言うと、「パパ以外にいないよ」と真剣な顔で言う。
ママがきっと他の誰かを好きになるなんてこと…一生ないんだろうな、と思うと、なんでだろう、ため息が思わず出てしまった。きっとママもそんな気持ちなんだろうか。報われない二人が顔を見合わせて笑った。
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