第12話 秘密の扉
朝、晴さんに起こされる。
「灯花、そろそろ起きなさい」
時計を見ると、七時だった。そろそろの意味が分からない。パパは晴さんといるとこんな感じで起こされるのだろうか。そう思うと、パパのことを尊敬してしまう。誰とでも上手くやれる人なんだろうな、と感心した。
「晴さん、おはようございます」とベッドから出て、お辞儀をする。
「髪の毛…髪を梳いてきなさい」と私のぼさぼさ頭を指摘した。
洗面所で私が髪の毛を整えている間に、晴さんが私の洗濯物をきちんと畳んで持ってきた。真四角になっていて、いつもながら見事だ。私の下着も遠慮なく畳まれている。流石に恥ずかしい年頃なので、素早く受け取って、着替えた。
「脱いだら、カゴに入れておいて。後で分けて洗うから」と言われた。
「晴さん、私のこと汚いって思うの?」
「違うから。今、色物洗うから、色移りとかするから」と言われた。
「ママは全部一緒に洗うのに」
「芽依はそうだろうけど」と晴さんはそう言うと、出ていった。
カゴに入れて、晴さんの後を追う。
簡単なオムレツとパンの朝食が用意されていた。晴さんはオートミールを食べるらしい。
「紅茶、飲む?」と聞かれたので、頷いて席に座る。
晴さんはちゃんとポットに茶葉を入れて、紅茶を作る。
「ねぇ、晴さん、最後までベッドにいてくれた?」
「朝、目が覚めたらベッドで横で灯花がぐっすり寝てた。灯花が暖かいからついうっかり起きれなかった」と私を湯たんぽのように言う。
「私、小さい頃もよく晴さんと一緒に寝るっていって、わがまま言ったけど…。一緒に寝たのは初めてかも」
そう言うと、晴さんは笑った。
「一緒に寝るっていうから、預かるけど、一時間もしないうちにぐずぐず泣き始めたから…。芽依に迎えに来てもらったり、隣の部屋で待っててもらったりして…、あれは灯花が悪い」
確かに、私は晴さんの家に泊まるとわがまま言ったのに、いざそうなると、何だかママとパパが恋しくなって、泣き出していた。
「でも、晴さん、パパとママが仕事の時はうちによく夜遅くまで来てくれてたのに…」
「自分の家だから平気だったんじゃない? 何度も寝てしまった灯花をベッドに運んだけど? おかげで腕はジムに行かなくても逞しくなれた」
「晴さんと初めて一緒に寝れたね」
「そう言う事、言わない」
私は「えへへ」と笑う。
昨日、夜に着いたから気が付かなかったけれど、この部屋は東向きで光が朝の光が入る。朝が遅い冬のフランスはまだ暗い時間だったけれど、ご飯を食べてる間に少しずつ明るさを取り戻した。冬の朝の白い光がゆっくりと部屋の中に入り込む。晴さんがこの部屋を選んだ理由が分かった。
「私がここに引っ越してきたら、邪魔かな」
「ここに?」と晴さんの眉毛が片方上がった。
「晴さんの部屋に」
「どうして?」
「一緒にいて、晴さんのこと、元気にしてあげる」
「…元気だけど?」
「もっと元気にしてあげる」
「灯花、しっかり勉強しなさい」
「晴さんは勉強できたの?」
そう聞くと、黙ってオートミールを口に入れた。そう言えば、晴さんの過去を聞いたことがなかった。晴さんの家族の話も一度も聞いたことがなかった。なんとなく、晴さんはずっと一人で暮らしている…そんな感じがしていた。
「…神様が与えてくれたから」
一瞬、何を言ってるのか私は分からなくて、思わず瞬きをしてしまう。そしたら晴さんが形のいい顔を横に向けた。
「え? …もしかして晴さん自分のこと言ってる?」
「自分以外にある?」
即答されて、何も言えなくなった。
(えっと、容姿がいいから…勉強しなかったってことかな。でもそれってそういう理論て…ちょっと違うような…。なんていうか)
「人は自分が得意なことを努力すればいい。勉強が得意だったら、それをすればいいし」と言って、オートミールを食べ始める。
「だから晴さんはモデルに全力を注いでるの?」
「そう。与えられたものを活かすために」
私はなんとも言えなくなる。神様が私に与えてくれたものって、あるのだろうか、と首を傾けてみる。全く思いつかない。でも晴さんは見た目が良かったという分かりやすいものを神様から与えられ、そして努力したのだろう
「じゃあ、晴さんのご両親は美形だったの?」
「…そう。父はわからないけど、母は美人だった」と言って、また顔を横に向ける。
「…どんな人?」
初めて、秘密の扉をそっと開けるようなそんな気持ちで、聞いてみた。一度目を閉じて、そしてゆっくり開く。
「一日中、窓を眺めながらタバコを吸ってた」
そう言った晴さんの口からは思い出と共に息が吐かれた。
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