第5話 お留守番
「灯花、ほら、灯花の番だから。楽しくない? どうかした?」とゲームのコントローラーを横に置いて、晴さんが心配そうに私の顔を覗き込む。
今夜はパパとママが夜中にデパートのイベントの仕込みに行っている。「造花は…」とパパが難色を示していたが、フランス製の造花で飾るというので、どうにかやってもらえないだろうか、と旧知の知り合いに言われて引き受けることにしたらしい。だから私は晴さんとお留守番をしている。
ゲームを楽しんでいたのに、ふと健人さんの後ろ姿が蘇る。
「晴さん…。私、生まれてきてよかった?」
「は?」
「あ、うん。ごめん」
「なんで謝る? 生まれてきていいも悪いもはこれから自分が決めることで、他人に決められることじゃない」
「…うん?」
晴さんの言うことは少し難しい。しょんぼりした頭を晴さんが脇に抱え込んで反対側の手で撫でてくれる。
「でも、晴さん、嫌じゃなかった? 私のせいで、パパを取られて」
「取られて? いつ取られた? 取られてなんかないよ」
「でも…ママと結婚したし」
「結婚ねぇ…。元々できないから、なんとも思わないけど?」
「じゃあ…ママに対しては? なんとも思わない?」
「芽依? 頑張ってると思うけど。 仕事も子育ても恋愛も」
思わず最後のところで笑ってしまった。そうだ、ママはまだパパに片思いしている。
「まぁ、ちょっとだけ…かわいそうかな? と思わなくもないけど…。鉄雄も芽依のこと大切にしてるし。どう感じてるかは俺には関係ないことだしね」
「晴さん、じゃあ私は? 私については?」
「灯花は可愛いの塊」
「何それ」と言いながら、私は晴さんの長い足に頭を乗せた。
「じゃぁ…灯花に相談があるんだけど」
私は思わず頭を起こした。
「晴さんの相談? 何? 何?」
起こした頭を軽く押さえられて、また晴さんに膝枕されることになる。
「モデルの仕事も減ってきて…」
「え? 減ってるの?」
「新しい人出てくるしね。…他に何したらいいと思う?」
「えっと。晴さんの良さを引き出す仕事。イケメン、高身長…」と言いながら、「晴さん、他に何かできることある?」と聞いた。
「カッコよく歩くこと」
「それ以外は?」
「他? ない」
「ないのー?」
「やっぱりモデルしかないかぁ」
「…じゃあ、晴さん、私のお婿さんにしてあげる」と言った。
だって、顔が良くて、身長高くて、かっこよく歩くことしかできないんだもん。
「灯花の? お婿さん?」
「そう。職業は私のお婿さん」
そう言うと、晴さんは笑ってくれた。健人さんに会えなくなったけど、私には晴さんがいる。もちろんパパもママも。
「でもカフェの店員さんも似合うと思うよ。後…お洋服売る人とか? ケーキ屋さんとか」
「ケーキ屋? 作れないのに?」
「だって女性客多いから」
「それだったら、男性客の多い店に働きたい」
「パパがいるのに?」と足をバタバタさせて抗議する。
「それとこれは別問題。楽しく働きたい」と言って鼻の上を軽く押す。
「あ、じゃあ、ジムで働くとか?」
「それはいいね」
私はちょっとだけ晴さんのためになれたと胸を張る。
「灯花が生まれてきてくれて、初めて会った時のこと今でも覚えてる。本当に小さくて、でも笑ったり泣いたりして…なんか涙が出た」
赤ちゃんは普通、泣いたり笑ったりするものだと思うから、どうしてそんなことで感動したのか、言ってることがよく分からない。
それで晴さんを見上げると
「抱き上げると暖かくて…可愛かった」と言ってくれた。
思わず涙が溢れた。私はどこかで、自分が生まれたことがみんなにとって辛いことになったんじゃないかと感じていた。そして晴さんに健人さんにもう会わないと言ってしまったことを泣きながら話した。
大きな手が何度も額を往復する。
「もう大丈夫だから。…嫌なことがあっても絶対守るから。だからどんな怖いことも、悪いことも…この先、起こらない」
晴さんがそう言ってくれて、私は安心して息を吐いた。
でもその後すぐ、そう言っていたのに、ゲーム画面をテレビに変えた時、ホラー映画が映って、ものすごい形相の髪の長い女が画面一面に映し出されて、晴さんが叫びながら私に抱きついた。あまりの雄叫びに私の心臓が止まりそうになった。
「晴さん、大丈夫だから」と私も泣きそうになったけど、我慢してヒーローを演じて、なんとかテレビ画面を変えた。
「もー。晴さんが守ってくれるって言ったのに」
「ごめん、ごめん。生きてる人限定にして」
「何だかお腹空いた…」
「よし、何か食べよう」と言って、晴さんは私の希望をなんでも聞いてくれる。
ママとパパだったら流石にそうは行かない。晴さんはホットケーキを焼いてくれた。晴さんはスープを温めて飲んでいる。そのスープを私にも飲ませてくれる。まるで赤ちゃんになったみたいだ。
「昔はよくこうして食べさせてたなぁ…。口動かすのもかわいかったなぁ」と言って、スプーンを口元まで運んでくれる。
なんだか恥ずかしくなって、横を向いたら、そっちにスプーンが移動する。もうおかしくなって、仕方なく口を開ける。美味しいスープが流れ込んできた。
お風呂は流石に一人で入った。お風呂から出ると、ドライヤーを持って待ち構えていた晴さんが髪を乾かしてくれる。ヘアマッサージ付きで気持ちがいい。そんなこんなで私は晴さんとドタバタしていくうちに、疲れて晴さんの膝の上で眠ってしまった。
夜遅くにパパとママが帰って来た音がして、目を開けると、ママとパパが笑っていた。晴さんは私の頭を膝に乗せてそのままソファにもたれて眠ってしまっていた。
「神経質な晴が誰かと寝てるなんて珍しい」とパパが言う。
「灯花、歯は磨いたの?」とママが聞いた。
首を横に振って、起きあがろうとすると、寝ぼけた様子の晴さんの手がまた私の頭を押さえた。
「晴さん。歯磨き」と私が言うと、「灯花の歯磨き?」と言って頭を振って目をしっかり覚ます。
目の前にパパとママがいて、晴さんは驚いたような顔をしたけど、すぐに咳払いをしてから前髪をかき上げると「おかえり」と二人に言った。
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