第4話 嘘
もう会わないと言うことをどういう風に言ったらいいのだろう。
私は優しそうな笑顔をこっちに向ける健人さんになんて言ったらいいのか分からなかった。
「灯花ちゃん、どこ行きたい? 何か欲しいものある? お買い物しよっか?」
そう聞かれても、何も言えなくなってしまう。
「どうかした?」
「あの…アイス食べたいです」
そう言うとガラス張りの綺麗なカフェに連れて行ってくれた。健人さんにもう会わないとなるなら、聞いておきたいことがたくさんあったからだ。何だか楽しそうにメニューを差し出してくる。私はフルーツがたくさん載っているアイスに決めた。そんなにお腹は空いていないけど、果物だったら食べられそうな気持ちだったから。
注文を終えて、一息つくと聞いてみたいことを聞くことにした。ママとどうして知り合ったのか、どこが好きだったのか、どうして別れたのか、そしてママの嘘が一体何なのか。
健人さんは一つ一つ丁寧に応えてくれた。
「芽依ちゃんはパパのことがずっと好きで…でも僕も諦められなくて」と言って、ため息をついてガラス越しの通りに視線を投げた。
「…ちょうど鉄雄さんに恋人ができた時だったし、僕も就職できたから、芽依ちゃんにちゃんと付き合ってほしいって。結婚前提でってお願いしたんだ」
ママがずっと家族に憧れていたのを知っている。その時、パパとは無理だと思ったんだろうか。
「ずっと大切にしてくれてたのに、僕は芽依ちゃんを大切にできなかった」
少し辛そうな顔で話す健人さんを見ていると、私も胸が詰まった。
「ママは私を妊娠してて…でもどうして結婚しなかったんですか?」
「…後悔してる」
「え?」
別に私は責めるつもりはなくて、理由を知りたかっただけだったが、いけないことを聞いてしまったのだろうかと不安になる。
「芽依ちゃんが必死に嘘をついて、僕の子供じゃないって言って…僕を守ってくれたのに…結局、僕は何もできなかったから」
「…嘘?」
「別れる時に妊娠してたことも黙ってた。妊娠している姿を見た時も、僕の子じゃないって。僕には今の奥さんがいたから」
「…あの。健人さんも二人好きだったってことですか?」
「二人?」
「奥さんとママ」
「あぁ…。芽依ちゃんはずっと好きだった。でも鉄雄さんのことを好きなの知ってたから…。だからって他の人を好きになっていい理由はないんだけど」と軽く項垂れる。
「いいんですって」
健人さんが驚いたような顔で私を見た。
「あ、いろんな人を好きになるのは当たり前で、チョコとかアイスとかどっちも好きなのと同じ気持ちで、それで…えっと、なんだったかな。それでいつかは一人の人に決めたらいいんだって」
「それって、鉄雄さんが言ってたの?」
「はい。パパがそう言ってました。だから、一人に決めたんだからいいと思います」
そう言うと、健人さんはゆっくりと息を吐いた。
「だから…敵わないんだよな」
「え?」
「君のパパには僕が敵うことはないって話」
「うーん。パパは本当に優しいし、大好きですけど、健人さんもいいと思います」と私が真面目な顔で言うと、健人さんは笑い出した。
「ごめんね」
「はい?」
「…一緒にいてあげられなくて」
そうだ。言うなら、今だ、と思った。
「大丈夫です。だから…もう会いません」
私はひどいことを言った。それは健人さんの顔を見て、分かった。
「そっか。分かった。ごめんね」
謝られて、苦しくなる。
フルーツのたくさん乗ったアイスが運ばれてくる。賑やかで綺麗な様子とはまるで違う私たちの目の前に置かれた。
そのアイスを食べたら、私はママに連絡して、少し早くなるけれど、お迎えに来て欲しいと言った。健人さんにお父さんと呼んだ方がいいのか悩んでいたけれど、二度と会わないのなら、もう悩む必要もない。年に数回会うだけの人だから…と思ったけれど、何だか胸が苦しくなる。会えなくなる淋しさなのか、傷つけてしまった苦しさなのか理由は分からないけれど、重苦しい空気そのものだった。
迎えにきたママを見た時、正直、ほっとした。
「灯花…。楽しかった?」
「うん。アイスも食べさせてもらった」
ママが健人さんにお礼を言っている。この二人が恋人だったことがあるのか、と思うと不思議な気持ちになった。
「灯花ちゃんにもう会わなくていいって言われて…」
「え?」とママは私を見た。
思わず視線を逸らしてしまった。
「君と…似てるって思ったよ」
「私と?」
「また君に守られたみたいだった」
「灯花?」とママは呼びかけたが、それ以上は聞いてこなかった。
「灯花ちゃん」と健人さんも私を呼ぶので「はい」と返事をした。
「君のパパにはなれなかったけれど…、君の幸せをずっと思ってる。何か困ったことがあれば、いつでも頼って欲しい。もちろん会いたくなったら、いつでも会いにきてくれたらいい。何を言ってもいいし、怒ってくれてもいい」
「一つだけ…お願いがあります」
私は海人君と奥さんを大切にして欲しいと思った。思ったけれど、なんとなく口に出すのは違う気がして、
「海人君と九九の練習してあげてください」
そう言った。それしか思いつかなかった。後から、サッカーとかあったな、と思いついたけれど。
「分かった。…本当にありがとう」
そう言って、健人さんは去って行った。ママと一緒にその後ろ姿を見送って、私は何だか不思議な気持ちになった。去っていく健人さんの辛さを少し感じた。
「灯花、どうしたの? 元気ないけど」
私はママの手を握って「食べ過ぎちゃった」と嘘をついた。
こうして嘘をついていくんだな、と思った。
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