第3話 さようなら
いつの頃か、私は一人で寝るようになった。それまではずっと三人で寝ていたけれど、クラスの友達が一人で寝ていると自慢していて、チャレンジしてみた。最初は寂しくて、やっぱりパパとママのベッドに戻って真ん中で寝ていたけど、少しずつ慣れた。
それにあの場所はママの場所のような気がしたから。
何回目かのチャレンジ失敗の夜に、ママが珍しく眠っていて、パパは起きていたんだけど、私が部屋に入ると「ママ寝ちゃったから、パパの横でいい?」と聞かれた。
頷いてパパの横に入ったんだけど、パパが「もう少し待ってて」ってママの方に向いて、ママの背中を撫でていた。
私はパパの大きな背中を見て、その背中の向こうにはきっとパパとママしかない世界があるんだな、と思った。それで私はパパの背中を越えて、真ん中に入ったら、パパがくすくすと笑い出して、ママも起きた。
「灯花? 来たの?」と寝ぼけた声で言うから、私はママに抱きついた。
ほんのり甘い匂いのするママが大好きで、やっぱり真ん中がいいな、と思ったけれど、ママの手が私の背中をトントンとするので、なんだか申し訳なくなった。
「せっかく寝てたのに…ごめんなさい」
「来てくれてありがとう」
「プチべべもお休み」とパパが後ろから頭を撫でてくれた。
本当に幸せで暖かくて、一人だとなかなか寝れないのに、やっぱりすぐ眠れた。
でも今は一人で眠れるようになった。特別怖いことがなければ、一人で眠る。だって、ほんの少し夜更かししたり、面白い漫画を読んだりしたいから。今読んでいる恋愛漫画だって、とっても気になるし、いつか私も素敵な人と恋に落ちるといいなぁと思ってる。晴さんみたいに優しくて、かっこいい男の人に。でも晴さんはパパが好きだから、他の人で。
今も一人で寝ている。明日は健人さんに会う日だ。漫画を読んでいると、急に眠たくて瞼が落ちた。
「灯花?」とママが部屋に入ってきたけど、私は声を出したような出さなかったような曖昧の中、意識が遠のく。
「漫画…机に置いとくわね」
額をゆっくり撫でてもらう。あの甘い匂いが近くにあって私は幸せになった。
久しぶり会う健人さんは見たことのない男の子を連れていた。
「こんにちは」と挨拶すると、男の子は少し頭を下げて、恥ずかしそうに健人さんの後ろに隠れた。
「…灯花ちゃん。こんにちは。この子は
「海人くん、こんにちは」ともう一度言ってみる。
ますます出てこなくなった。
「ごめんね。ちょっと奥さんが用事で…一緒にお昼ご飯だけ食べてもいいかな?」と言われたので、頷いた。
私よりも小さな男の子は髪の毛に寝癖がついたままで、可愛かった。
「芽依ちゃん…ごめんね。お昼食べた頃には奥さんに預かってもらえるから…」と健人さんは言う。
「そんな。灯花の…弟になるから。気にしないで」とママが言った。
「弟? 私に
思わず叫んでしまった。
私はずっと一人っ子だと思っていたし、兄弟が欲しかったから、嬉しくなる。
「あ、びっくりしたよね」と申し訳なくなる。
海人君は少し俯いて、首を横に振った。
私はどうにかして、この恥ずかしがり屋の海人くんと仲良くなりたかった。
ランチの時間は海人くんの気を引こうと、一生懸命話しかけたが、
「そんなの知ってる!」と言ったり、なんでも「できる!」と言うのが、また可愛かった。
でも今、九九を覚えている最中というので、三の段を得意気に披露してくれた。
「すごーい」と言うと、ものすごく嬉しそうに笑って「当たり前じゃん」と言ってた。
だからランチの時間は海人君とばっかり話してて、あまり健人さんと話さなかった。ランチが終わる頃には海人くんと大分、仲良く慣れた気がする。
ランチが終わっても私は海人くんと一緒にいたいと思っていたが、スイミングがあると言うので仕方がなかった。綺麗な奥さんが迎えに来た。私は挨拶をしたが、軽く頭を下げられただけだった。
「健人、あのね、あそこの店で海人の靴を見てたんだけど…。私、うっかりお財布忘れちゃって。取り置きしてもらってるから、払って欲しいの。でもサイズがもしかして合わないかもしれないから、海人に試着させてくれない?」と言った。
「え? あ、分かった。ごめん。灯花ちゃん、少し待ってて」と言われたので私は気まずいながらも海人君のママと待つことにした。
二人が店に入って行ったのを見ると、海人君のママは話しかけてきた。
「あのね、お願いがあるの。もう健人に会わないでくれる?」
「え?」
「あなたにはちゃんとパパもいるんでしょ? うちは健人を取られたら、パパがいなくなるの。…だから日曜日にスイミング行ったりしてるの。海人が寂しくないように」
私は突然話しかけられて、驚いたし、その内容にも混乱した。
「ごめんなさい」
何だか謝らなければいけないような気がして、謝ったけれど、ものすごく悲しい気持ちになった。涙を堪えるのに必死で、俯いた。
「もう会わないって約束してくれる? あなたから言わないと健人は納得してくれないし。あ、私から言ったことは話さないで?」
顔を上げることなく「分かりました」と言う。
その後、何も喋らずに二人が戻ってくるまでじっと待った。私は無意識の内に人を傷つけていたということが、恐ろしかった。その時はそこまで分かっていなかったけれど、確かに横にいる女性に自分が憎まれていることを感じていた。
だからお店から出た、二人の姿を見たときはほっとした。
「海人、スイミング行こっか」と言って、海人君のママは私から離れた。
そして手を取られた海人くんはこっちに向かって、大きく手を振ってくれる。
「また遊ぼうね〜」
私は何も言えずに、笑顔を作って、手だけ振り替えした。何度か振り返る海人君を見送る。初めて姉弟だと教えられた海人君とはもう二度と会うことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます