第2話 一番好きな人

「パパのどこが好き? 私よりも好き?」

 随分前に晴さんに聞いたことがある。 

 晴さんは「パパのやさしいところ。誰よりもやさしいと思う。後、顔もイケメンだし。…灯花は世界で一番大好きな女の子」と私の鼻を押さえながら、答えてくれた。  

 そう。女の子の中で一番だということを私は誇らしく思ってる。

 抱っこから下ろされて、「明日は、健人さんと会うの」と晴さんに言った。

「よかったね」と晴さんが言うから、きっといいことなんだと思う。

 でも分からないから「どうして?」と聞いてみた。

「灯花に会いたいって言う人がいて、同じ時間を過ごせるのはその人にとって幸せなことだから。それに灯花がその人を幸せにできることもやっぱり素敵だから」

 晴さんが言うことは難しいけれど、でもきっと私が素敵なんだって言ってくれてると思うと、嬉しくなる。

「晴さん、大好き」と言って、体に抱きついた。

 本当に優しく頭を撫でてくれる。大きな手が何往復もしてくれて、気持ちが本当に穏やかになる。

「晴さん、お腹空いてない?」とママの声がする。

「大丈夫。灯花は?」

「私? 空いてる。早く食べたい」と言って、晴さんの手を引っ張る。

「じゃあ、急いで食べよう」

「晴は…灯花の言いなりね」とパパが呆れたように言って、ママの手伝いをしにキッチンへ向かった。

 晴さんは私と一緒にダイニングテーブルに行くと、椅子をひいてくれる。まるでお姫様になった気持ちになる。私は晴さんと一緒に隣に座って、今日、象のぬいぐるみの手術をしたことや、午前中にピアノの練習をしたことを話した。去年から習い始めて、今、ツェルニーを弾いてる。何を話しても、晴さんは笑いながら頷いてくれる。

 でもいつか晴さんの首が横に振る日が来るのだろうか、と思う。


 テーブルには晴さんのためのサラダと豆スープ、ささみときゅうりの辛味和えと私のためにグラタンが並んだ。ママのグラタンが大好きで、週に一回は作ってもらっていた。

「ママ、お料理上手」と言うと、少し困った顔をする。

「…そんなに上手じゃないけど。ありがとう」

「モンプチラパンは進化したわよ。ものすごく」とパパが言うと、さらに困ったような顔で笑った。

「…まぁ、昔に比べたらね」と晴さんも言う。

 私は首を傾けながら、みんなの顔を見る。

「でも…私はママのご飯好き」

「もちろん」とパパも晴さんも言った。

 和やかな食事の時間がスタートする。

 私はパパに健人さんをお父さんと呼んだ方がいいのか聞いてみた。パパが嫌な気持ちになるんだったら、やめておこうかな、と思ったからだ。

「それはべべと、部長の息子が決めることじゃない? 私のことは気にしないでパパでいいから」

 パパは健人さんのことを部長の息子といつも言っている。もう部長じゃなく、取締役になっているらしいけれど。

「ねぇ、どうしてママは健人さんと別れたの?」

 前から聞いてみたかったことを聞いてみた。一瞬、みんなが顔を見合わせたけれど、ママがゆっくり話してくれた。健人さんのことも好きだったけれど、パパと一緒にいたかったからって言ってくれた。

「それって…二人を好きだったってこと?」

「ねぇ、べべ。べべはアイスもチョコレートも好きでしょ? どっちが好き? って聞かれても両方好きでしょ? お菓子だと、どっちも好きでいいし、気分によってはドーナツが一番になるかもしれない。でも人はそう言うわけにはいかないのよ。二人好きだったけど、どっちかに決めなきゃいけない時が来るの」

「それでパパを選んだの?」

「…灯花。いつかもっと詳しく話をするから。いつか灯花に好きな人ができたら…また聞いてくれる?」とママが真剣な顔をした。

 きっと今はまだ分からないんだってことは分かる。だって、一番好きなお菓子をひとつだけって、選べないから。どうしても選ばないとだめ…って言われたら本当に一週間悩みそうだ。そんなことを考えていると、晴さんが「灯花に好きな人?」と聞き返していた。

「そりゃ、できるでしょ」とパパが言うと、晴さんは神経質にスプーンをカチカチと皿の淵に当て始めた。

「いるよ。好きな人」と私は言う。

「え? 誰?」とパパも晴さんも驚いた顔でこっちを見る。

 ママだけが穏やかな笑顔で見ている。

「晴さん」

 お菓子の一番は決められないけど、好きな人の一番は決められた。

 途端に、パパはがっくりと肩を落とし、晴さんは笑顔で頷いていた。

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