やさしい花
かにりよ
第1話 やさしい風
私を呼ぶやさしい声がする。
「
眠気の中、体を抱き上げられる心地よさをずっと覚えている。うっすら目を開けたら、真っ青な空と、その人の形の良い顎のラインが見えた。
父でもない、その男の人は私を人一倍可愛がってくれた。
安心して目を閉じる。ゆるい風と、どこかで船の汽笛の音と、鳥の鳴き声のような笛の音がした。
「灯花、それ欲しいの?」
そう言って、私がじっと見ていたぞうのぬいぐるみを買ってくれたらしい。バンコクに仕事で行った時に、私も連れて行ったらしく、その時の話だ。
「赤ちゃんなのにね…。欲しがってるって…買って、灯花に持たせたら、すぐ落とすの。何回も繰り返しちゃって。その度に拾ってくれて、除菌ティッシュで拭いてから灯花に渡すの」と笑う。
赤ちゃんだった私は記憶がないけれど、いつもママが言っている。
「
ママは幾つになっても歳を取らない。十年前に晴さんが買ってくれたぞうのぬいぐるみのほころびをなんとか縫い直して、私に渡してくれる。
「わー、嬉しい。ありがとう。…でも晴さん、今でもプレゼントくれるよ?」
「そうよね」
「パパ、また、晴さんのところ?」
そう言うと、ママは少し微笑んだ。ママは可愛いけれど、不器用なのか、縫い直してくれたところが少しガタガタしている。そこを撫でていると、ママは照れくさそうに小さく舌を出した。
「ママのこと、大好き」
そう言って、ママの体に抱きつくと、ほんのり甘い匂いがする。
「ママも灯花のこと、大好き。本当にありがとう」
いつも私を見て、そう言ってくれる。私、何もしてないのに、ってちょっとだけ胸が苦しくなった。
我が家は少し変わっている。私を産んでくれた母とその母と結婚した父。でも父には男性の恋人がいて、その人が晴さん。本当の父親にも時々会う。とっても優しそうな人で、だから少し会う時は何だか申し訳ない気持ちになる。
「明日は、健人さんと会う日だっけ?」
「うん。そう…。健人さん…お父さんって呼んだ方がいい?」
「どっちがいいって言ってた?」
「うーん。聞いてない。でも…ママはどう思う?」
「…そうねぇ。どっちがいいのかな?」
ママは私が健人さんに会うことをどう思っているのだろうか。健人さんには一年に二、三回しか会わないから、なんとなく他人行儀になってしまうけれど、健人さんが私に会いたいって言ってくれる。健人さんにも家族がいるから一日中ということはなくて、昼に会って、おしゃれなところでご飯を食べて、少しお買い物してくれる感じだ。
「ママも一緒にランチ食べないの?」
「灯花と会いたいんだから…」
ママはいつも送ると、どこかで時間を潰して、また迎えに来てくれる。その時に少し挨拶をする程度だった。どうしてこの二人が上手く行かなかったのかは分からないけれど、私は今の家族が大好きだから会う日はなんとなく困ってしまう。パパはちょっと変わってるけど、すごくやさしいし、ママを大切にしているのも分かる。
だからもし健人さんとパパが代わると、なんだか変な気持ちになっちゃうはず。
夕方、パパと晴さんが家に来た。
「お帰りなさい」
「モンプチラパン、べべ、お土産」と言って、ケーキの箱をママに渡してくれる。
私は晴さんに駆け寄ると、抱き上げてくれた。
「もー、モンプチべべは晴の方がお気に入りなんだから」とパパが顔を膨らませる。
晴さんはファッションモデルなので背が高い。抱っこされると誰より視界が高くなるのが嬉しい。
「灯花、いい子にしてた?」
「してた。ちゃんとママとお留守番してた。晴さんに豆スープ作ったから」
「灯花が?」
「作ったのはママ。でも私、お塩入れて、二回、混ぜたから」
「すごい。美味しくなったね」
そんな会話をママは笑いながら、パパは呆れた顔で見ている。私は抱っこされたまま得意げだ。私が晴さんといると、パパとママが自然に寄り添うから。そう思って、頭を晴さんに持たせかけた。
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