穴埋めの男2
男の顔がみるみる絶望に染まるのが分かった。
屈強さが滲む大の男が、今にも泣き出しそうな表情を浮かべて悲鳴を必死に堪えている。
しかしそれも、長くは続かなかった。
「あ……ひぎゅ……い、嫌だぁああ……!」
ばルばルばるバル。
突然だった。
男の顔が激しく痙攣した。
バルるバルばるるるるるるる。
るるるるるる……るるるるるるる……
それは痙攣というよりも壊れた機械さながらの規則性を帯びた躍動で、何度も同じ角度、同じ位置に首を振るう。
ぶる。ぶりゅ。ぐびゅるるるるる。
間抜けな音が、肉壁の洞窟に響いた。
その光景に目を疑った。
飛び出している。
激しい振動に耐えかねた左の眼球が、視神経ごと頭蓋から放出され、ぺきょ……と音を立てて地面に激突し、潰れた。
パンは指を咥えてその様子を静観している。
その目は悪戯っ子のようにきらきらと狂気で輝き、滴る唾液はパンの動きにあわせてぷぅら……ぷぅらと踊っていた。
「ピルグリムよ? 面白いのはここからよ……! めん玉かっ開いてよぉく見ておけ……? クククククク……」
目を背けたい衝動をパンは見逃さず涎で汚れた両手で頭を押さえつけてくる。
嫌だ……見たくない……見るべきではない……!
しかしそんな気持ちとは裏腹に、恐怖と嫌悪に魅入られ目が離せない。
ただじっと見つめていた。
脂汗が吹き出し、見開き乾燥した目からは涙が零れたが、それでもひたすらに男の行く末を凝視した。
ずくずくと暗い衝動が胸の内に湧き上がってくる。
それは海の彼方から迫りくる暗雲のように広がり、轟き、黒い雨を、ベラルーシに降り注いだような漆黒の雨を連れてくる。
変形していく。心が変形していく。
いつしか口が嗤っていた。
慌てて手で口を覆ったのを、パンは満足そうに見ていた。
「気を抜くな……! ピルグリム! 見逃しちまうぞ?」
ハッと視線を男に戻した。
いつしか両の目を失った男の口からは、だらりと何かが垂れ下がっていた。
巨大な蛆のようにも見える。
茸の類に見えないこともない。
それは紫色と深緑の斑を有する、得体のしれないナニカだった。
にゅるにゅると煽動するたびに、男が激しく体を捩った。
しかし声を出すことはおろか、呼吸さえもままならない男は、それ以上どうすることも叶わない。
やがてそのナニカはにゅるにゅると口吻らしきものを動かして、男の皮膚をまさぐり始めた。
その時口吻がこちらを向いた。
一瞬露わになった口吻の中には、小さく鋭い鋸歯がびっしりと並んでいた。
ゾクゾクと毛が逆立つとともに、得も言えぬ興奮が背骨を走り、そんな自分がひどく恐ろしく感じた。
「ありゃあ地獄の蛭よ……! 地獄の蛭っていうのは質が悪い。絶対に獲物を逃がさねえ。体内に潜り込むと内臓に爪を引っかけるのよ。そして神経管を伸ばして脳に入り込むと宿主の目を奪う。それが第一段階だ……」
「第二段階は……?」
そう問いかけるとパンは狂気に満ちた笑みを浮かべて耳打ちした。
「見てりゃあわかる……」
獄落転=ゴクラクテン= 深川我無 @mumusha
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