第30話 西への逃避行(1)

「何っ!? ラプナールが陥落しただと……?」


 ジョレンティア王国がナピシムから租借している港町・ムアトック。そこに駐屯しているジョレンティア軍の若き女司令官ミランダ・アスプリージャ総督は、王都ラプナールから舞い込んできた突然の凶報に思わず我が耳を疑った。


「はい。ゾフカールの連中にまんまとしてやられました。彼らはミズナのサムライを味方につけ、メクスワン六世らを王宮にて暗殺させたと……」


 太った中年の副司令官マウリシオ・ロサーノが、予期せず勃発した反乱の詳細を報告しながらほぞを噛む。海を通って来航し、ナピシムの南の沿岸部にいくつかの拠点を築いて植民地を拡大しようとしていたジョレンティアにとって、北から陸路で侵攻してきたゾフカール軍にたちまちの内に王都を落とされ国王や王子たちまで討たれてしまったのは全く計算の埒外であった。


「ナピシム軍単独ではゾフカールのコサックには勝てないにしても、多少は粘れると見てたんだがな。その間にナピシムを軍事支援して押し返させるつもりだったが、そんな謀略であっさり勝負がついてしまうのは想定外だった。私も甘かったな……」


 男のようなやや粗暴な言葉遣いで、ミランダは乱れた赤い長髪を鬱陶しそうに片手できつつ自身の読み違いを悔やしがる。もしゾフカール軍が王都を手にした勢いに乗って全ナピシムを制圧するような事態となれば、彼女たちジョレンティア人もせっかく築いた植民地を全て奪われこの国から叩き出されることになるのだ。


「どうしますか? ミランダ様。陸路で次々と兵を送り込んでくるゾフカール軍に、我々だけで対抗するのは困難。ジョレンティア本国や他の植民地に援軍を要請するにしても、船で到着するまでにはかなりの時間がかかります」


 マウリシオがそう言って懸念材料を並べると、ミランダのもう一人の部下で十七歳の女将校ノエリア・フェレールも頭の中で素早く算盤を叩きつつ彼に同調する。


「残念ですが、もうナピシムでの植民地経営もこれまでかも知れませんね。ゾフカール軍のコサックを相手に勝ち目のあるかどうかも分からない不利な戦をするくらいなら、いっそ潔く全てを捨てて無傷で撤収した方が損失は少ないですよ」


「ううむ……」


 損切りという思い切った決断はミランダも決してできない性格ではない。だが長年の投資と苦労でようやく軌道に乗ってきた対ナピシム交易をここであっさりと放棄してしまうのは、彼女にはやはり未練があった。


「……待て。ナピシムの王族は本当に全滅したのか? 確か四男だったか、末の王子は都を離れて山籠もりの修行をしていると聞いていたが」


 急に問われたノエリアは、少し考えてから尊敬する一歳年上の上官に答えた。


「えっと、ルワン王子のことですか? 確かヴィルット山の古い僧院に入っていると聞きましたので王宮やイムリスの戦場にはいなかったとは思われますが、果たして無事かどうか……ゾフカール軍も、すぐに命を奪おうと刺客を差し向けるのが当然でしょうからね」


「……もし生きていれば、まだ可能性はあるな」


 王家の生き残りであるルワンを担いでナピシム人たちを大挙立ち上がらせ、そこにジョレンティア軍が助力するという形ならばゾフカールの大軍にも対抗し得るだけの兵力を現地調達できる見込みは十分にある。しばし思案したミランダは、やがて力強く部下たちに命令を発した。


「探せ。ルワン王子の安否を急いで確かめ、兵を挙げる気はないかと打診するんだ。もし戦うなら共にゾフカール軍をナピシムから撃退するため、我がジョレンティアが全面的に協力すると彼に伝えろ!」

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