第29話 進化を呼ぶ覚悟(5)
「これが……」
景佑と同じゼノクの力を自分が得たのか。そう理解するまでに、藤真はしばらくの時間を要した。額から長い一本の角を伸ばした、昆虫の王者とも呼ばれる甲虫を模した紫色の重厚な鎧が全身を隙間なく覆っている。魔力と共に熱く燃えたぎっていた感情はやがて鎮まり、普段の冷静な思考力が戻りつつあった。
「フジザネが、ラットリーと同じ魔人に……?」
パピリオゼノクに変身したラットリーと今の藤真が同じ状態にあることはルワンにもすぐに分かった。体内に眠っていた、神話の時代の遠い先祖から受け継がれた魔の因子。それが瀕死の藤真を甲虫の化身・ディナステスゼノクとして蘇らせたのである。
「何てこった。運のいい奴だな」
炎の中から歩いてこちらへ近づいてきたディナステスゼノクに、エリキウスゼノクは再び背中の針を一本抜いて斬りかかる。だが常人には不可能な反応速度と腕力で、ディナステスゼノクは振り下ろされたその針型の剣を右手で受け止め弾き返した。
「やるな。だがそうなったところでこの俺様に勝てる訳じゃねえ。あまり調子に乗らないことだな」
「どうかな。神のご加護がどうやら拙者にはあったようだが」
死に際に天使が現われ、自分に力を与えてくれたような気がする。夢か
「動くな。ルワン王子の命が惜しければ……ぐぁっ!」
カンケルゼノクはルワンを人質に取って脅したが、次の瞬間、真上から黄色い矢のような光線を浴びせられて頭を撃たれる。上空に待機していたパピリオゼノクが急降下射撃し、見事な命中精度で指先から攻撃魔法を撃ち込んだのだ。
「殿下!」
「ラットリー!」
落下の勢いを乗せた体当たりでカンケルゼノクを吹っ飛ばしたパピリオゼノクは、そのままルワンを掻っ
「てめえ!」
「ルワン殿下は我が一命を賭してお守り申し上げる。これはそのために天が授けてくれた力のようでござる」
激昂したエリキウスゼノクにカンケルゼノクが加勢し、二人がかりでディナステスゼノクに猛攻を仕掛ける。カンケルゼノクはディナステスゼノクの右腕を鋏で挟んだが、ディナステスゼノクはその状態のまま怪力で敵の体を持ち上げ、豪快な背負い投げで地面に叩きつけた。
「フジザネ、大丈夫?」
「ラットリー殿、かたじけない」
疾風の如く突っ込んできたパピリオゼノクはエリキウスゼノクに勝負を挑み、二対一の数的不利からディナステスゼノクを救う。二本目の針も背中から抜いて二刀流で攻めかかるエリキウスゼノクだが、パピリオゼノクはチャザットの技で蹴り返し、相手の剣を弾いて果敢に応戦した。
「良かった。折れてはおらぬな」
エリキウスゼノクに弾き飛ばされ、落下して地面に突き刺さったままになっていた大事な愛刀・清正を引き抜いて傷がないのを確かめたディナステスゼノクは、その柄から刃の先端までを指先で撫でるようにして魔力を送り込む。すると清正を包み込んだ紫色の光は物質化し、この刀をより太く頑丈で煌びやかな武器へと進化させた。光を帯びた大型の魔刀と化した清正を構え、ディナステスゼノクはカンケルゼノクが遠距離から撃ち込んできた鋏からの光線を斬り払う。
「貴様……くたばれ!」
「覚悟ッ!」
逆上して突進してきたカンケルゼノクを清正の刃で横薙ぎに一閃し、敵に背を向けたディナステスゼノクは大きく息を吐いて残心の構えを取る。よろめいたカンケルゼノクはやがて仰向けに倒れ、大爆発して砕け散った。
「チッ、ふざけやがって」
仲間が倒されたのを見たエリキウスゼノクはパピリオゼノクの蹴りをかわすと捨て台詞を吐き、大きく跳躍して険しい山の斜面から飛び降り姿を消した。
「これが、ゼノクの力……うっ」
不意に重い疲労が体にのしかかり、地面に膝を突いたディナステスゼノクは藤真の姿へ戻る。初めての変身で体力を消耗して汗びっしょりになった藤真が倒れそうになるのを支えながら、パピリオゼノクは自分も蝶型の装甲を夜の闇に溶かしてラットリーの素顔を見せた。
「凄いや。二人とも!」
不自由な右足を引きずりつつ、ルワンが喜んで声を昂らせながら駆けてくる。立ち直った藤真はラットリーと顔を見合わせ、互いの健闘を称えて肩を小さく叩き合ったのであった。
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