第31話 西への逃避行(2)

「そんな……父上も、兄上も姉上も亡くなられたなんて……」


 破壊され焼け落ちてしまったデーンダー僧院を逃れて下山したルワンと藤真は、ラプナールの王宮で起こった王家全滅の惨劇について改めてラットリーから聞かされて愕然とする。


「私がお傍にいながら、お守りできず本当に申し訳ございません。まんまと中庭に誘き出されたところで国王陛下と王女殿下を襲われてしまい……」


 そう言ってラットリーは声を詰まらせる。ルワンはあまりのことに血の気が引いて青ざめ、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。


「これは、父王陛下が佩いておられた王剣ラプトラクル。陛下は王子としてただ一人この世に残られたルワン殿下をご自分の跡継ぎにご指名され、この剣を託すよう私にお命じになられました」


「僕が……ナピシムの国王?」


 出家したルワンとしてはその時点で王位継承権を失ったも同然だったし、元より歳の離れた末弟であって、器量の優れた兄王子が三人もいるのを差し置いて自分が王になるなどとは考えたこともなかった。事態の急転にまだ頭が追いつかないルワンは、ラットリーが跪いて恭しく差し出したラプトラクルの青い宝石の輝きをしばし呆然と見つめていた。


「殿下、確かに信じられぬような話ではありますが、ラットリー殿がこうして王剣を携えてここに参上しているからには、これは他ならぬ現実の事態として受け止めねばなりませぬ。父王陛下のお志を継いでナピシムの王となられるのは、今や殿下しかおられぬのです」


 かく言う藤真も想定外のこの展開には戸惑いを隠せないが、失意や迷いに立ち止まっている暇はない。ルワンはナピシムの王位を継ぐ国の指導者として戦う責務を背負わなければならないし、そうしなければ先程のように敵に攻撃されて国ごと滅びてしまうだけなのだ。ルワンは目を瞑り、しばし無言で考え込んでからようやく決心を固めて言った。


「……分かった。まだ実感が湧かないけど、とにかく僕がやるしかないんだ。父上から王剣を譲り受けた王家の正嫡として、この僕が――私が全力で事態の収拾に当たる」


 子供らしい一人称を訂正したのは彼なりの決意の表れである。ラットリーから王剣を受け取り、腰につけたルワンは涙を拭いて大きく深呼吸すると表情を引き締めた。


「よくぞ仰せられました。この藤真、殿下のために一命をお捧げいたしまする」


「私も殿下をお支えするため力の限りを尽くすと誓います。一緒に頑張りましょうね。殿下!」


「うん……! ありがとう。二人とも」


 ナピシムの国王は王都ラプナールの神殿で国の守護神トゥリエルから王権を授かるという聖なる儀式をもって戴冠するのが建国当初からの伝統で、そのためラプナールが敵の占領下にあって戴冠式が執り行えない現状、王剣を持っているだけではルワンはまだ正式な王にはなれず、「国王メクスワン七世」ではなく「ルワン王子」の身分に留まらなければならない。ゾフカール帝国軍と彼らに雇われた傭兵のサムライ、そして反逆した貴族のチェンロップを討ち果たし、ラプナールの都を奪還して王に即位しパトムアクーン王朝を再興すること。それが十四歳のルワンに課せられた大いなる使命となったのである。


「とは言え、具体的にはどうしたらいいんだろう。こんな少人数で野外にいたんじゃ、またいつ敵に襲われてもおかしくないし」


 ルワンが不安げに言うと、藤真も腕組みをして考え込んだ。


「どこか近くの城か砦に入って兵を集めるべきでしょうが、敵もすぐに制圧のための軍勢を差し向けてくるはずにて、王都からあまり近いとかえって危険かと存じます。それに国王陛下まで討たれてしまったこの窮状では、遺憾ながら裏切って殿下を敵に売り渡そうとする者も現われかねず、どこに身をお寄せになるかは慎重に考えなければなりませぬ」


 ヴィルット山の麓の町にも城や砦はあるが、王都から近過ぎて戦備を整える時間もなく攻め込まれてしまいそうだし、城主らが果たしてこの絶望的な状況下でも絶対に信頼できるかどうかも分からない。しばし考えてから、ラットリーは意を決したように口を開いた。


「少し遠いですが、ここはやはり我がマノウォーン家の領地のリジナスへお越しになるのが一番かと思います。私は言うまでもなく殿下を裏切ったりは絶対にしませんし、国元に帰れば父上が遺された一万以上の軍勢がおります。兵糧の蓄えもたっぷりありますし、まずはリジナスで兵を挙げて諸侯の合流を待ち、そこから王都へ攻め上られてはいかがですか?」


 王家の外戚でもあるマノウォーン家は、ナピシム西部のリジナスに広い所領を持つ国内きっての大貴族である。大軍を長期に渡って養えるだけの財力もあり、ルワンが王都奪還の拠点とするには十分な環境を提供できる。


「拙者もそれがよろしいかと存じます。有力貴族のマノウォーン家が殿下を奉じて挙兵したと聞けば、きっと他の諸侯も我先にとお味方に馳せ参じることでしょう」


「そうだね。ラットリーの領地なら安心できるし、王都を窺うのに地の利も悪くない。……よし、そうしよう!」


 こうしてルワンは二人きりの家臣の進言をれ、王位継承者として最初の決断を下した。反撃の拠点はリジナス。ルワンを全力で支えたいラットリーとしても、自領に王子を迎えて軍勢の主力を務めるのは望むところである。


「では早速急ぎましょう。太陽はあちらから昇ってきてますから、西の方角はこっちですね」


 徒歩で行けばリジナスまでは何日もかかるが、ゼノクになって空を飛べばわずか数刻で到着できる。ディナステスゼノクとパピリオゼノクに変身した二人はルワンを抱えて運びながら、日の出と共に西へと空路を急ぐことにした。

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