第12話

 俺たちはこの二日間、装備の確認や細かい作戦を決めたり、治療費の確保と身体の調子を確かめる為にクエストをこなしたりしていた。

 ――そして作戦決行日。

 ギルドに集まった俺たちは最後にブリーフィングを始める。

「あらためて作戦の確認よ。捕まる役はカイトとハヤテ、それとエマちゃんの三人。あたしとアリアちゃんは少し離れた所から着いて行き合図が来たら突撃する」

 リナが作戦を伝えて最後に、何か質問ある人いる?と、皆を見る。

 それじゃあ、と手を上げたのはハヤテだった。

「いつから捕まった振りをすればいいんすかね?流石に街なかだと恥ずかしいっすよ」

「森に入ってからで良いわよ、街じゃ注目浴びちゃうし」

 そう、森。黒幕がいるのは例の東の森だった。しかも最初にゴッツたちに連れてかれたり、魔族に会った場所でもあった。

「他には何も無さそうね。それじゃあ行きましょうか黒幕をぶっ飛ばしに!」

 いよいよ始まる、今回の色々な件の黒幕を倒すための作戦が――。



 森に着いてさっそく、捕まる役三人はロープで腕を拘束する。ただし、すぐ切れるように細工をして。

「縛るのはこんなもんか」

「オレのだけきつくないっすか!?」

「なんかドキドキするねー」

「それじゃあオレらは先に行く」

ロープの端をヒョウガが持ち俺たちを引っ張って行く。

「あたしたちは離れた位置から着いて行きましょうか」

「は、はい!」



 道中何度かモンスターに襲われたがヒョウガ一人で軽く倒していく。

 ――そして指定の場所である森の開けた場所にたどり着く。

「此処か……」

 ここに来る度に思い出す、最初に来た時に死にかけた事を……。

「(捕まってんだ膝をついとけ)」

 小声でヒョウガに言われ両膝をついて座る。

 しばらく待つとこの場の空気が変わるのを感じた。

「来たか……」

 木立の奥から人が歩いてくる。

 そいつは、仮面を着けた全身黒のローブを纏った人物だった。

「おぉ、貴方でしたか久しぶりですね。ちゃんと対価を持ってきて下さったようでなによりです。ですが私が授けた力はもう残っていないようですね」

「あァ、だから余分に持ってきた」

「そうですか、では此方に――」

 会話を遮るように口を挟む。

「待てよ!お前はどうしてこんなことをしてるんだ!人を使って人を連れてこさせて!」

「どうしてこれから贄になる人間に教えなければならないんです?」

 不思議そうに首を傾げながら言う。

「あァ、それはオレも気になっていた、いくら対価とはいえ同じ人間だ、理由がなきゃア心が痛むからよォ」

 やれやれといった感じで肩をすくめてシャッテンとやらが語り出す。

「まぁ良いでしょう……取引相手の貴方が云うのであれば教えて差し上げましょう。私には膨大な魔力が必要なのです。その為に人間を贄とし魔力を得ているのですよ」

「じゃあ逆に何でオレに魔力を与えたんだ?」

「それは貴方が力を欲していたからですよ。私はその対価に贄を持ってきて頂ければお釣りが来ますからね」

 最初の時の事を尋ねる。

「だったら何でゴッツたちとは取引しなかったんだ?あの時も対価はいたのに」

「ゴッツ……そんな取引相手いましたかね……」

 本当に忘れていそうな素振りで言った。

「覚えて無いのか……ゴツいやつと背がでかいのと細いやつの三人を!?」

「ああ……そういえば居ましたね。彼等、質も量も大したこと無いのに、力を寄越せって云うものですから、彼等自身に贄となって貰うために魔物をけしかけたのに逃げられてしまったんでしたね。だから仕方なく私自ら消しに行くことになって大変面倒な人たちでした」

「てめぇ……人の命を何だと思ってるんだ!」

「そんなの決まってるじゃないですか。私の為に魔力生成するただの家畜ですよ」

 即答だった。

 こいつに人の心は無いのか……!?

「じゃあ、あんたは魔力を集めて何をしようとしてるんすかっ!?」

 ゴミを見るような目で俺たちを見ながら。

「其こそ貴方たちには関係のない事です」

「シャッテンとかいったか、悪ィがそれじゃあ渡せねェなァ!」

 ヒョウガは周りにもハッキリ聞こえる声量で言い放つ。

「貴方に拒否権があると思っていr 」

 そう、攻撃の合図である。

 エマが一瞬でシャッテンの背後に周り、そのまま背中をおもいっきり蹴り飛ばす。

 遅れて縄を外した俺とハヤテで、攻撃を食らって後ろを振り向いたシャッテンの背中に、剣で追撃を入れる。

「貴方たち何で動け……」

 再びこちらを向いたシャッテンに、ヒョウガの蹴りが顔面に綺麗に当たり後ろに吹っ飛ぶ。

 離れた位置にいたリナたちも『シュート』を撃ちながら合流してくる。

「流石にやり過ぎたかしら?」

「これでくたばってくれりャあ楽なんだがな……」

 完全に油断していた所に攻撃を入れたのにも関わらず、ゆっくりと立ち上がってくる。

 ピキッと仮面が割れそのまま地面に落ちる。

 立ち上がる際に被っていたローブのフードも外れ、シャッテンの素顔が露になる。

「こいつまさか……!」

 瞳の色は紫で人間の白目に当たる部分は黒く、頭に二本の角が生えている。その姿はまるで魔族みたいだった。

「まったく困った人たちですね……商品が動き出すどころか商談相手すらも暴力を振るってくるとは。しかもこの姿を見られてしまっては、貴方たちを消さざる負えなくなってしまったじゃないですか」

 シャッテンからとてつもない魔力の高まりを感じる!

「みんな気を付けて!!こいつかなり強い!!」

 あのエマがかなり強いと言う事は相当なんだろう。実際魔力を浴びせられてるだけで倒れそうなほどの圧だ。

「見た目通りバケモンじゃねェか……」

 魔力に当てられて気圧されたのか一歩退くヒョウガ。

 アリアは恐怖のあまり、リナの腕を掴む。

「こいつ本当にさっきまでのシャッテンなんすかっ!」

「あぁ、そういえば表ではシャッテンと名乗ってましたね。ではあらためて――」

 そして目の前の魔族はローブ脱ぎ捨て、隠されていた魔族の姿を露にし、大仰な仕草のお辞儀をして名乗り上げた。

が一人、影の暗殺者シャドウ!冥土の土産に覚えておくがいい!」

 魔王……幹部……?

 魔王ってあの魔王なのか?魔族やモンスターたちを統べ、人々に害を為すと云う。その幹部が何でこんなところに居るんだ!?

「みんな落ち着いて!こいつが何であれ今は戦わないと死ぬだけだよ!」

 みんなが動揺しているなかピシャリと言い放つエマ。そのお陰で幾分かはマシな思考に戻る。

「どうやら貴方が一番強い様ですね。ですが……」

 シャドウが一息にエマに急接近し、黒い短剣で斬りかかる!

 しかし、

 キンッ!キンッ!キンッ!と連続して剣と剣がぶつかる音。

「ほう、流石に今のは防がれますか」

 攻撃を防いだエマは口元に笑みを浮かべながら言う。

「この程度余裕だねっ!」

「では、これならどうです?」

 今度はシャドウが獰猛な笑みを浮かべる。

 再びの衝突!

 今度も短剣による攻撃をエマが捌いていく。

 しかし、不意にシャドウが短剣を振っている手とは逆の手を、自分の背中に回して黒い短剣を生成する。それで攻撃するのかと思ったらそのまま地面に落とすだけだった。

「そんなんじゃさっきと変わらないよっ!(まぁ、こっちも手数が多くて防ぐのに手一杯だけどっ!)」

 攻撃を捌かれていても笑みを崩さないシャドウ。そして、大振りの攻撃をしようとするシャドウ。

 エマはその隙を逃さず斬りかかろうとした瞬間――。

 エマの背中にから飛んできた黒い短剣が突き刺さる。

「なんっ……でっ……!」

 シャドウは、不意の一撃を受けて体勢を崩したエマにそのまま大振りの一撃を加える。

「エマっ!!」

 攻撃を受けて吹っ飛ばされたエマに近付く。

「テメェバカかっ!」

「えっ……?」

「お仲間の言う通りですよ、貴方は本当に愚かだ」

 声のする方を見ると、いつの間にかシャドウに真横まで接近されていた。横から短剣で攻撃される直前に、炎弾がシャドウに命中する。

 炎弾が命中したことで一瞬シャドウの手が止まりギリギリのところで回避に成功する。

「敵から目を離すな!死ぬわよっ!!」

「す、すまねぇっ!」

 リナのおかげで助かった……、それにしてもさっきの攻撃は一体何だったんだ。地面から短剣が飛んできたように見えたけど。

「もう大丈夫だから……少し下がっててね」

 そう言うとエマは俺の前に出て剣を構えた。

「こいつはボクが引き付けるからみんなには逃げて欲しいかな」

「なに言ってるんだ!エマひとり残して逃げられるかよっ!」

「テメェ一人で全員を逃がせる程、時間を稼げるとは思えねェ。それにコイツはオレの獲物だっつってんだろ、オレが戦わないでどうする」

「オレだって怖いっすけど……それでも全員で戦った方が勝てる可能性だってあるはずっす」

 シャドウは手で目を抑え上を向きながら嗤う。

「アッハッハ……いやはや貴方たちは面白いですね。この状況でまだ戦う意志があるとは……」

 ため息をつきシャドウは戦闘体勢に入る。

「そろそろ良いですかね?この下らない芝居にも飽きてきたので」

「その割には待ってくれるのね。あたしの準備とっくに終わってるけどねっ!」

 リナはいつの間にか詠唱していたのかシャドウに向けて魔術を放つ。

「『フレイムピラー』!!」

 シャドウの足元から三本の火柱が噴き出す!

 しかし……、

「この程度の魔術効きません――ねっ!」

 直撃するも涼しい顔して、自身の魔力で火柱を吹き散らす。

「畳み掛けんぞっ!!」

「おうっ!」

 そう言ってヒョウガとハヤテは二方向から同時に迫るが、簡単にあしらわれてしまう。

 シャドウの注意が二人に向かった所にエマが鋭く刺しにいく。

 これなら当たると思った瞬間――。

「なっ……消えっ……!」

 シャドウの姿が地面に溶けて消えていった。

 エマの剣が空を切った直後、今度は地面からシャドウが現れエマの背後を取る。

「エマ後ろだっ!」

「遅い!」

 俺の声に応じたのか素早く振り向きながら剣を振り、攻撃を防ぐ。

「殺気がだだ漏れだよ。そんなんじゃ暗殺者としての名折れじゃない?(声が無かったら危なかったけどっ!)」

「ふむ……直前まで消してたつもりだったんですけどね……」

「それに今のでわかったこともある。キミはスキル持ちだって事がね」

「スキル……?」

「聞いたことがある、上級冒険者には魔術とは異なる特殊なスキルを使う人がいるって話をね……」

「キミのスキルはの中を移動したり物を移動させたりするスキルなんじゃないかな?」

「まぁ、流石にバレますか。ですが、わかった所で貴方たちに勝ち目はありませんよ」

 そう言うと両手の指と指の間に生成した八本の短剣を地面……影に投げ込む。

「みんな動き回って!!」

 エマの指示で一斉に動き出すがアリアだけ未だに立ち尽くしたままだった。

 そして、影から飛んでくる短剣。

「アリアちゃん!」

 近くにいたリナが咄嗟にアリアを突き飛ばす。

「くっ……、アリアちゃんは無事?」 

「リナちゃん!わ、私を庇って……。い、今治しますっ!」

 リナは庇った結果、アリアに飛んできた短剣を肩に食らってしまう。アリアは傷を治すため回復魔術をリナにかける。

「人間とは本当に愚かですね。立ち止まればそこで終わりですよ」

 回復魔術を使っていて動けないアリアたちに向かって、短剣を投げようとするシャドウにエマが割り込む。

「させないよ!」

 エマに続いてヒョウガとハヤテも隙を突くように攻撃をする。しかし、シャドウはスキルを使って死角に移動したり、影から飛ばす短剣で人数の差を補う動きをする。

 一体どうすれば勝てるんだ……。



 彼等はどうして勝ち目が無いのに懸命に戦うのか。魔族である私には全く理解出来ない。

 私のスキル『影移動シャドウムーヴ』は私と私自身を除く生命力が無いものを影の中に収納し、その影から移動させるというもの。

 このスキルがあるかぎり私は無敵なのです。

 そして、

 影の中を移動出来ると言うことは、影と影を繋げてしまえば移動範囲は拡大出来る!

 上手く相手を誘導してやれば影は繋がり後ろにいる相手にも強襲することが可能!

 まず二人!

「なっ!?」

 一番強い少女よ気付いた所でもう遅い!

 取った!と確信した瞬間不意に横から声が聞こえた。

「させるかっ!」

 まさかと思い振り向こうとした時にはお腹に剣の一撃を受けて地面に倒れていた。

「どうしてお前がそこにっ!」



 ――時間は少し遡り、カイトは戦いを後ろから見ていた。

 エマを中心にヒョウガとハヤテの三人でお互いをフォローしながら戦っているのに、こっちの方が確実に削られている状態。

 俺があの場にいても邪魔になる気がして、見ている事しか出来ないのが悔しい……。

 それでも、俺はじっと観察した。シャドウの動きをただひたすらに観察し続けた。

 そこでふと疑問に思う。影を移動出来るなら俺の足元やリナたちの影に移動しない理由は何だろうと。

 もしかして移動しないのではなく、移動出来ないのだとしたら……。

 あいつが狙っているのは……!

 その瞬間ときが来た。

 影が重なりリナたちの方に移動出来るこの瞬間を。

 俺は影が重なったのを確認してから走り始めた。影の中での移動速度がわからないがとにかく走る。

 間に合え……間に合え……間に合えっ!

 影から出てきたシャドウが丁度目の前に現れた。そのままリナに短剣を振り下ろそうとしている。

「させるかっ!」

 がら空きのお腹に、魔力を込めた剣で横から斬りつける!

 シャドウは不意の一撃を受けて衝撃で軽くふっ飛び地面に倒れる。

「どうしてお前がそこにっ!」

「簡単な話だ、お前の動きを読んだからだよ。お前は影から別の影に移動出来る訳じゃない。重なった影の中でしか移動出来ないんだろ」

 シャドウは立ち上がり笑顔という仮面を着け平静を装う。

「貴方を甘く見ていたようですね。ですが、たった一度のまぐれが当たっただけですよ」

 確かにあいつの言う通りたまたま読みが当たっただけだ。まだ影で移動出来る範囲しかわかっていない。それがわかってたところで俺じゃ勝てない……。

 自分の無力さに歯噛みしていると、後ろから背中を叩かれる。

「胸を張りなさい。あんたのお陰でどう動けば良いか見えてきたわ」

 リナはアリアにお礼を言いながら立ち上がる。

「あいつを倒すわよ!」

「私を倒す?この状況でまだそんなこと言うんですか。向こうにいるお仲間も疲弊しているというのに」

「最後の力でも何でも絞れば案外何とかなるものよ」

「最後の力か……そうっすよね、ならとっておきをお見舞いしてやろうじゃないっすか!」

 そう言うとハヤテはシャドウから距離を取り詠唱を始めた。

「風よ嵐よ暴風よ……」

「魔術ですか、させると思いますか!」

 詠唱を止めるためにハヤテの方に向かうシャドウ。

「なんだかわかんないけどハヤテの元には行かせないよ!」

 エマもハヤテを守るためにシャドウを止めにはいる。

「あいつのとっておきとか言うの信用出来る?」

 そうリナに質問されるが、

「あいつがこの土壇場でとっておきって言ってるんだ信用しないのは嘘だろ」

「そう、なら守るしかないわね。あんたは後ろから影とあいつの観察。危ないと思った所のフォローよろしく!」

 言うだけ言うとリナはハヤテを守るために駆け出す。

「アリアも自分の影と近くの影を重ねないようにな。俺も行ってくる」

「わ、私は……」



 私は結局何も変われていない。

 このパーティに居ればもしかしたら変われるかもと思っていたのに……。

 冒険者になって三ヶ月。いくつかのパーティに入ったけれど、どのパーティでも戦闘中は怖くて動けなくて、回復しなきゃいけない時でさえも……。

 そんな私でもカイトやリナちゃん、それにハヤテも見捨てずにいてくれたのに。

 また怖くて動けない……。

 だって仕方ないじゃない……この場にいるだけで濃密な死の気配が私を縛ってくる。

 リナちゃんを回復している時だけは、回復しなきゃで頭を一杯にして誤魔化せたけど……。

 今はそれもないから座り込んでいる。

「私はどうすれば……」



「風よ嵐よ暴風よ……」

(くっそー、アイツの攻撃を防ぐのに魔力を大分使っちまった。魔術を使えてもその場で倒れるんだろうなー)

 それでも今のオレに出来るのは、このとっておきをアイツにぶつける事だけだ。

「束ねて重ねて纏まりて……」

 みんながオレのとっておきに賭けてるんだ、何としても詠唱しきってやる!だからみんなも踏ん張ってくれ。

「ぐるぐる回して回転し……」

 後少し……後少しだ!



 ここでもボクを中心にシャドウの足止めをする。

 シャドウの素早く鋭い連続攻撃を捌けるのがボクだけだからである。

 ボクの隙を縫うようにリナとヒョウガが魔術や近接攻撃でフォローして、影からの攻撃をカイトが先読みをして潰す。

 みんながそれぞれの役割をこなす事で、何とか均衡を保てている。

 彼の詠唱もおそらくもうすぐ完了する……。

 後もう少し捌けば……!

 その時ズキンッ!と心臓に痛みが走る。

 どうして……このタイミングで……!

「エマっ!」

 シャドウが硬直した瞬間を見逃すハズもなく容赦なくボクを蹴り飛ばす。

 地面を転がされようやく止まるも力が入らない。

 ボクが足止めしないといけないのに……。



 私はエマちゃんが蹴り飛ばされるのを見た。

 それは、この場の要が居なくなった事を意味する。

 もうシャドウ止めることが出来なくなり、ハヤテに攻撃が向かうということ。後は流れるままに一人ずつやられていく、単純作業である。

 そんなのは嫌だ!

 これは今までとは違う。私が動けなかった事でみんなが死んでしまう!

 呆れられることも、罵倒されることもなく、ただこの先には何も無い。あるのは死という結果だけだ。

 この時、自分が死ぬかもしれない恐怖よりも、自分が動かなければみんなが死ぬという事実の方が勝る。

 だから私は立って走り出す。

 今の私に出来る事をするために懸命に走る。

 その間にも残った三人がシャドウを足止めしようとするも、一瞬で蹴散らされてしまう。

「風で刻んで切り刻み……」

 ハヤテも必死に詠唱をしている。

 魔術の射程内に入った私は詠唱を始める。

「水よの者を災いから護りたまえ……」

「貴方程度の防御魔術など気にするまでもない!これで終わりです」

 私の詠唱に気付いても無視するシャドウ。

 ハヤテに迫る凶刃。

 凶刃がハヤテを捉える寸前、私はありったけの魔力を乗せて魔術を発動させる!

「『アクアプロテクション』!!」

 ハヤテと凶刃の間に現れたのは魔力で出来た水の壁。

 凶刃は水の壁に勢いを殺されギリギリでハヤテに届く事はなかった。

「なんて水の密度!ですが、ほんの数秒でしたね今度こそ終わりです」

 防御魔術が解けハヤテが無防備になる。

 しかし、

「その数秒があんたの敗因よ」

 立ち上がったリナが言う。

「なにっ!?」

 そして、

「天の果てまでぶっ飛びやがれ!!」

 ハヤテの詠唱がギリギリのところで完了し、ついに魔術が発動する!

「『ゲイルストーム』!!」



 魔術を発動した瞬間、魔力切れを起こしたハヤテが後ろに倒れる。

 魔術を発動されてもなおシャドウは余裕の笑みを崩さない。

「発動されても影の中に入ればいい!」

 そうだった。魔術を発動出来ても影に潜まれたら意味が無いじゃないか!

 それもわかっていたリナは不敵な笑みを浮かべて言う。

「させると思う?こっちは準備出来んのよ!」

 近くの影に入ろうとするシャドウ。

 そこでリナが魔術を発動させる。

「辺りを照らせ『フレイムトーチ』!!」

 シャドウの頭上に炎が出現する!しかし、それは攻撃するための物ではなく、ただその場を照らす炎の明かりであった。

 シャドウの周りの影が明かりにより消える。

「あんたは自分自身の影には入れない。入ったら消えちゃうものね」

「クソがぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ついにシャドウの顔から笑みが消え、本性を露わにし吠える。

 そこでようやくハヤテの発動した魔術の風がシャドウを捉える。

 その風はシャドウを回転させながら切り刻み、天高く舞い上げた。



 どうしてこの私がこんな人間ごときに追い詰められている!

 いいや、所詮は人間の魔術程度で私がダメージを受けるハズは……!

 何故だ!?全身に浅いとはいえ、無数に切り傷が刻まれているだと……。

 落ち着け……。

 この魔術を発動させた奴は魔力切れでも起こして倒れている。二度目はない。

 姿勢を整え着地すると共に影に入れば落下の衝撃は消せる。

 しかし、めちゃくちゃに回されたせいで方向感覚がおかしくなっている。

 まだ大丈夫だ……。そう、影に飛び込む事だけ考えれば良い……。



 ハヤテの魔術でシャドウが空高く舞いあがるのを見ながらヒョウガは言う。

「テメェら、まだ余力は残ってるよな?奴の体勢が整う前にオレが上から蹴り落とす。そォしたら全力を奴にぶちかませ!」

「了解。カイトはそこで魔力を溜めてなさい。あたしがそこまでぶっ飛ばすから」

「り、了解!」

 全力か……本当はあまりやらない方が良いんだろうけど……。今の俺に出来る最大の攻撃方法なんてあれしか思い付かないし、今は時間も惜しい。

 剣を納刀して右手に魔力を込める。

 ヒョウガと戦った時とは違いバレない様にする必要も無いため、一気に魔力を込める。

 ところが、あの時とは違い魔力を込める度に痺れるような痛みが走る。

 これがクレア先生が云っていたやつか……。それでも今あいつを倒せるとしたらこれしかない!

「はああああああああああああああああああっ!」

 限界を越える魔力に右手が悲鳴を上げているが気にせず魔力を込め続ける。

 そして、落下してくるシャドウに向かってヒョウガは自分の足元から氷を生成し、ぐんぐん高さを上げていく。

 体勢を整えようとしているシャドウの上を取ると、氷から飛び降りる。

「無様に墜ちろ!『落氷』!!」

 ヒョウガは足に氷を纏わせることで落下速度を上げその勢いでシャドウの背中を思いっきり蹴り飛ばす。

「ぐはっ!」

 上から蹴られさらに落下速度が上がり、姿勢を維持する事が出来なくなる。



 その光景を見ていたリナは、急いで刀を締まった状態の鞘に魔力を込める。

(あいつ勢い付け過ぎなのよ、合わせるこっちの身にもなってほしいわ)

 それでもここでシャドウを倒す為に全力の一撃を加えてカイトに繋げる!

 流石と言うべきか落下位置は完璧ね。後はあたしが合わせるだけ。

 二……一……。

 ここ!

「『緋焔一閃・居合』!!」

 抜き放たれた一閃は落ちてくるシャドウを完璧に捉え、シャドウの体に焔の一閃を刻む。

 そして技の衝撃によりシャドウはカイトの方に飛んでいく。

(後は頼んだわよ……)



 リナの一撃によりシャドウがこっちに飛んでくるのを確認する。

 右手にはバチバチバチバチと音が鳴るほどの雷球を携え、落下予測地点に移動し、痛みを堪え構える。

「まだだ!俺が魔王になるんだ!こんなところで終わるわけには行かない!!」

 空中で無理矢理姿勢を制御し、黒い短剣を様々な位置の影に放つシャドウ。

「『シャドウダンス』!!」

 あらゆる方向から短剣が俺に襲い掛かる。

(避けきれないっ!)

「はああああああああああああああああああっ!」

 エマの声がする方を見ると、体勢を低くして走り出す手前の格好が見えたと思った時には消えていた。

 それと同時に迫っていた短剣全てが弾き飛ばされ、遅れてエマのいた反対側から倒れる音がした。

「バカなっ!?あの娘一瞬で全ての短剣を弾いたというのか!?」

 そして、いかに空中で姿勢を制御していようと、勢いのままこっちに突っ込んでくる事には変わらない。

「これで終わりだ!」

 シャドウは咄嗟に防御姿勢をとるが、その防御の上から全力で雷球を叩きつける!

 ズバチィィィン!!!

「お、オォォォォ、何、なんだ、この威力は……、わた、お、俺が、魔王に、なるハズだったのにィィィィィィ!!」

 シャドウは断末魔の叫びと共に体は崩れ去り、普通のモンスターとは異なる大きな魔核を残して完全に消滅した。

 そして、俺の意識もそこで途絶えた。

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