第10話
目を覚ますと見知らぬ天井だった。
あの後リナがここまで運んでくれたのだろうか。
横を見ると椅子に座り船を漕いでいるリナがいた。とりあえず無事だった事にホッとする。
ヒョウガに爪で貫通された左手はどうなってるか確認すると、驚いたことに完全に穴が塞がっていた。
「ん……うーん……」
物音に気づいたのかリナが目を覚ます。
「…………!カ、カイトやっと起きたのね!あんた三日間も寝たままで本当に心配したんだからね……」
リナは安心したのか目じりに涙を浮かべている。
それにしても三日間も寝ていたのか!?どうりで腹が空いてる訳だ。
「ご、ごめん……。ところでここはどこなんだ?」
「ここは訓練場に併設された診療所よ。倒れたあんたたちをここまで運んでくるの大変だったんだからね」
「そうだったのか……、ちょっと待てあんたたちって……まさか!」
慌てて隣のベットを見るとそいつがいた。
「よォ、目を覚ましたのはオレの方が早かったな」
「あんたも……目を覚ましていたのね」
そこにいたのは白い髪をした目付きの悪いヒョウガだった。
あれだけ全力で戦っていたヒョウガと同じ部屋で肩並べて寝てたのか!
「な、何でこいつと同じ部屋なんだ!?」
「アァン!それはこっちのセリフだ!」
当たり前の疑問を口にしただけなのに、隣から噛みついてきた。バチバチである。
「あんたたち、落ち着きなさいよ……」
ガンを飛ばし合う俺とヒョウガ。それに呆れたリナがなだめていると、
「あら貴方たち、起きていたのね。それに意外と元気そうじゃない」
そう言って部屋に入ってきたのは、清潔感のある真っ白なローブを着た人だった。
「クレア先生に感謝しなさいよね、この人がいなかったらあんたたち危なかったんだからね」
「ありがとうございます……でもなんでこいつと同じ部屋なんですか?」
再び隣から睨まれてる気がするが気にしない。
「それはね最近モンスターが強くなってるせいでケガをする人が増えて部屋がいっぱいなのと、重傷だった貴方たちの面倒を見るのに同じ部屋の方が都合が良かったのよ」
「重傷……?俺たちそんなにヤバかったのか?」
「ハッ!コイツはともかくオレが重傷になるダメージを受けたとは思えねェな」
「なんだと!」
「アァン!もっぺんやるか!?」
うん、もうこいつとは仲良くなることは無いな。
「残念ながら二人揃って重傷よ。ただ特に酷かったのはカイト君、貴方の方ね。全身傷だらけで左手には穴が空いているし……でも一番は右手かしらね。魔力腺がぼろぼろで周りの神経にもダメージが入っていたもの」
――魔力腺とは汗腺のような体内の魔力を体外に放出するための腺である――
「そんなにぼろぼろだったのにもうほとんど治ってるって先生ってホントに凄いんだな」
「当たり前でしょクレア先生はヒーラーとしてトップレベルの冒険者なんだから」
リナが得意気に話す。
「元ね。それにしても、どうやったらあそこまで魔力腺をぼろぼろに出来るのかしら。普通、魔力腺が傷ついた段階で相当な痛みが伴うはずなんだけど、魔力腺だけじゃなく神経が傷つくまで魔力を放つなんて一体どんな無茶したのよ」
呆れ半分、心配半分といった目で俺を見てくるクレア先生。
「あの時は無我夢中でよく覚えてないです……」
「まあ良いわ、その感じだと後遺症も無さそうだし。そうそう貴方たち、起きて動けるのならちゃんとご飯を食べるのよ。傷は治したけど体力とかは戻っていないのだから」
言うだけ言うとクレア先生は、それじゃあねと言って部屋を後にした。
しばしの沈黙――。
沈黙を破ったのは意外にもヒョウガだった。
「アー……その、なんだ……テメェらには悪い事をした、悪かった」
ヒョウガは俺たちに頭を下げて謝罪した。
「あんたが謝るなんて珍しいじゃない」
「オレだって悪いと思ったら謝る。それに今回の件はオレの心の弱さが招いた原因だ、だから――」
ヒョウガの言葉を遮るようにリナは言う。
「そうかもしれない。でもそれは知らずにあんたを追い詰めていたあたしにも原因はあるわよ」
ヒョウガはリナの言葉を否定するように首を降る。
「違げェんだ!オマエとコイツらが仲良くやってたことにただ――嫉妬していたんだ……」
あぁそうか……ヒョウガはきっとリナの事が……。
「だからあの商人に心の弱さを漬け込まれたんだろうな」
「それであんな行動を……。許せないわね、人の感情を利用するなんて、まるで魔族じゃない」
「魔族ってそんなことまで出来るのか」
「あたしたちが戦ったあの魔族よりも、もっと上位の魔族ならそういうことも出来るらしいわ」
感情を利用する敵か……かなり戦い辛そうだ。
「それでその商人っていうのはどんな奴だったのよ」
「確か訓練場でオマエに負けた後だ、一人で歩いていたらソイツに会ったんだが……。ソイツは仮面を着けた全身黒のコートを羽織った男だった」
そいつの特徴を聞いて驚く。俺とリナは顔を見合わせ確かめるように言う。
「その特徴って確かゴッツたちの話にも出てきてたよな」
「えぇ……そいつに力が貰えるから新人狩りをしていたって。まさかあんた……!」
リナはヒョウガに疑念の眼差しを向ける。
「待て待て!オレも前後の記憶が確かじゃねェが、少なくともそんなくだらねェ事はしてねェ!確か契約の対価?とかなんとか云ってた気がするけどよォ」
「あはは、冗談よ、鎌かけてみただけ。でもそれって力を先に渡したって事よね……。いよいよそいつが何をしたいのか、わからくなってきたわね。他に何か言ってなかったの?」
「確かシャッテンとか名乗ってたな、本名か怪しいけどな」
「あともう少しで尻尾を掴めそうなのになー」
肩を落とすリナ。
「……もうひとつ重要な情報がある。それは対価を連れて行く場所だ」
それってかなり重要じゃないか!それなら……、
「場所がわかってるなら、ギルドとかに云えれば何とかしてくれるんじゃないのか」
「それじゃあオレの気が収まらねェ!」
ヒョウガは声を荒らげながら言う。
「ヤツはオレの感情を利用してオマエたちを襲わせた!その落とし前をつけなきゃならねェ!」
「ヒョウガ……」
ヒョウガの言い分もわかる。なら俺だって……!
「なら俺を使えよ」
「あんた何を言って……」
「俺だって顔も知らない奴の、訳のわからない陰謀に巻き込まれたんだ。顔くらい拝んでついでに殴ってやりたいと思うのはおかしいか?だから協力させろよ。商人に会いに行くんだ手土産の一つや二つ必要だろ」
ヒョウガは考える素振りを見せ、そして口を開く。
「チッ……テメェの提案にも一理ある。だから今回だけは協力させてやる。ただし、オレの足を引っ張るんじゃあねェぞ」
こうしてシャッテンとやらを追う今回限りのパーティが結成された。
そうこうしていると、ハヤテとアリアが部屋に入ってきた。
「思ったよりも元気そうっすね」
「よ、良かった~、目が覚めたんだ」
「なんだハヤテか」
「なんだとはなんすかっ!カイトをあの森から街まで運んだのオレなんすからね!応急手当をアリアがやってなかったら危なかったんすから、ちゃんと感謝してほしいっすね」
「そうだったのか、それはありがとうな」
俺を運んだってことは……、
「つまりハヤテたちもあの場所に居たのか?」
「いや、まぁ……こっそり着いていったというかなんとういか……それに……(結局助けに入れなかったしな……)」
「それに、何だよ?」
「それにほら……あれだ!オレたちがいたから大事にならなかっただろ」
「まぁ、それもそうだな」
それにのあと何か別の事を言っていた気もするが気のせいか。
ぎゅるるるぅ!
突然の音に一人を除いてその場にいる全員が一斉に音のした方を見る。
恥ずかしさで居たたまれなくなった当人がついに口を開く。
「し、仕方ねェだろ!三日も眠ってたつんなら腹だって空くに決まってんだろ!」
音源はお腹空いて苛立っているヒョウガだった。
「そういえば俺も、もう限界だ……」
「あはは、それじゃあご飯食べに行きましょうか」
こうして全員でご飯を食べに向かうのだった。
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