第9話
森にあると言う遺跡跡に向かう道中、ゴブリン等のモンスターに何度か襲われるが、構っている余裕はないので走り抜けていく。
そして当然コイツも出てくる。そう、ホブゴブリンだ。
「グォオオオ!」
「構っている余裕は無いけど……。今の実力を試すにはちょうど良いか」
大きく棍棒を振り上げてからの、振り下ろし。それを体をずらして最小限の動きだけで避け、すかさず斬りつける。
今度は薙ぎ払いを後ろに跳んで避け『シュート』を当て、仰け反った所に剣で追い撃ちをかける。
そこでホブゴブリンが怒りに満ちた叫び声をあげ暴れ始める。棍棒によるめちゃくちゃな攻撃を全て避け止めを差す。
ホブゴブリンをあっさり倒せてしまったことに驚く。
「ちょっと前までは一人でなんて倒せなかったのにな……。それだけ成長してるってことなのか」
これならもしかしたらヒョウガにも通用するかもしれない。
少し時間を食ってしまった、早く遺跡跡に行かなくては。
一方ヒョウガに遺跡跡に連れてこられたリナは、目を覚ます。
どうやらヒョウガとの戦闘で意識を失ってたらしい。どうしてこんなところに連れてこられたのかはわからないし、おまけに手足まで魔術の氷で拘束されている。
考えても答えは出ない、だから本人に聞くことにした。
「あんたどうしてこんなことしたのよ」
「起きたのか……、テメェは人質みてぇなもんだ。アイツを誘き出すためのな……」
「人質……誘き出す……ってカイトたちをどうするつもりなの!?」
「アイツらはテメェには相応しくねェ……だからこの力の贄にする……」
「あんた何を言って……」
力の贄って……まさかヒョウガも最近の事件に関わってる?昨日とは様子が全然違ってたし……。
手足には氷の枷、魔術で溶かせるかもしれないけど、それをやった時今のこいつが何をするか読めないから下手に動けない。
本当にカイトたちが来たとしても今のこいつには勝てないだろうし、どうしたものか……。
その時、遺跡の入り口だったであろう方向から、一人で走ってくるカイトの姿が見える。
「ようやく来たか……」
遺跡跡と言うだけあって柱や壁などの一部はまだ残っている場所だった。その中央付近にリナとヒョウガが居ることを確認する。
「リナ、無事か!」
「あんたどうして一人で来たのよ!」
「それはこいつに一人で来いって言われたからで……」
とりあえず無事みたいで良かった。
「まったく……本当に一人で来るとは、相当な大馬鹿野郎だな」
そう言いながら俺とリナを遮るように間に割って入るヒョウガ。
「それとも何か?オマエ一人でもオレに勝てると思ってるのか?オレはなァ、自分と相手との実力の差もわからねェ様なヤツが大嫌いだ!」
リナの事を指を差しながらさらに捲し立てる。
「わかってんだろ、コイツとテメェらの実力差ってやつを、そんな弱いヤツらと一緒にいたらコイツの成長の妨げになる。テメェらは足を引っ張ってんだ!だからここでテメェを倒してしまえば――また一人になる」
ヒョウガはリナの為になると思ってこんな事をしたっていうのか……。だとしたらそれは、
「俺たちは弱くて確かにリナの成長の妨げになるかもしれない。けどな、お前がやろうとしている事はリナが望んでると本当にそう思ってんのか!」
ヒョウガは片手で顔を抑え下を向く。
「望んでようが望んでいまいが関係ねェ……。また一人になればコイツはきっと強くなるんだ……」
今のこいつに何を言っても無駄なのか!?
「カイト!あたしのことは良いから逃げなさい!あんたじゃこいつには勝てない!」
「お前を助けるために来たんだ、逃げるわけねえだろ!」
俺とリナのやりとりにイラついたのか、ヒョウガはズシリと重い魔力を放ちながら睨み付けてくる。
「テメェはどこまでオレをイラつかせれば気が済むんだ。力のねェヤツが、助けるだの守るだの出来もしねェ事を言うんじゃあねェエエエ!」
ダンッ!と一気に接近してくる。
俺とヒョウガの戦いが始まる。
特訓で強くなったからもしかしたら勝てるんじゃないかと思っていた。
甘かった。
しっぽ取りではずっと追う側で逃げる相手の速さに慣れただけだった。そう、これは戦いなのだから相手も当然こっちに向かってくる。だから、氷の爪による初擊を剣で防ぐのが精一杯だった。
攻撃の衝撃で後ろに飛ばされる。
「ちったァやるじゃねェか今の一撃を防ぐたァ、だが――」
攻撃で距離が開いたのにたったのひと息で一気に詰められ、氷の爪と蹴りによる連続攻撃が襲う。それをかろうじて回避していく。
(ヒョウガの動きは二回も見ている、一度目と二度目で速さは違うけど、動きの癖は変わらないからギリギリで回避が間に合うけど……)
「どうした!どうした!避けてばっかかァ!」
回避するのに手いっぱいで攻撃する事が出来ない……。
そんな膠着状態も長くは続かなかった。
ドンッ!と壁に背中をぶつけてしまう。
回避するのに集中していて後ろの壁に気づけなかった。
「しまった!」
獰猛な笑みを浮かべるヒョウガ。
「これでしめェだ!『氷刃脚』!」
この技は足に魔力を込める際に少しだけ時間を必要とするはず。それなら……!
「うぉおおおおおお!」
「なにっ!?」
ヒョウガが驚き一瞬動きが止まる。
俺がとった行動は単純だった。ヒョウガが技を放つまでの一秒程度の隙に、あえて懐に飛び込む。
意表を突かれてさらに生まれた隙に、肩から思いっきり体当たりする。
こうした状況が重なりバランスを崩したヒョウガは体当たりで軽く吹っ飛ばされて地面に倒れる。
倒れたところにすかさず『シュート』を放つが、後ろに転がり回避されその勢いのまま立ち上がってくる。
「今のは驚いた……。テメェ、攻撃に自ら突っ込んでくるとか恐怖心とかねェのか?」
「怖いさ、それでもやるしかないと思っただけだ」
怖かった本当に、一歩間違えれば今ので終わってた。まだ心臓がバクバクしている。
「どうやらテメェを侮っていたみたいだ。だからこっからは本気でいく」
ヒョウガから魔力の高まりを感じる。
「大地よ凍てつき――」
魔術の詠唱!どういう魔術かわからないけど攻撃して止める!
「させるか!」
「――歩むものを阻め!『アイスフィールド』!」
無情にも俺が攻撃するより早く魔術が発動される。
「うわぁ!」
つるんと足が滑りそのまま地面に背中を打ち付ける。いつの間にか周りの地面が凍り付いていた。
転ばないように気を付けながら直ぐに立ち上がる。
「滑稽だな、無様に転んでフラフラ立ち上がって。これでテメェは動きづれェはずだ」
「それはお前も同じだろう!」
「テメェはバカか?魔術使った本人がなんの対策も考えてない訳ねェだろ!」
そう言うと氷の上を滑るように移動を始める。初速も十分速かったが壁や柱を蹴ってさらに加速していく。
目で追うのがやっとの速度から繰り出される爪や蹴りによる攻撃。致命傷だけは受けないように防御に徹する事しか出来ない。
「しぶてェ野郎だ……(上手く受けてやがる……このオレが攻めきれないとはな。アイスフィールドが解けるまでもう三十秒程度だが繰り返せば削りきれる!)」
このままじゃ魔力も体力も削り取られて負ける。それに俺にはヒョウガに勝つ手段が無い……。これだけ速ければ普通の攻撃さえ当てるのも難しいのに、勝てる可能性がある『バーストシュート』なんて当たるわけもなく……。
考えながら防いでいたせいか失敗をする。
カキィィィン。
「しまった!」
防ぐのが甘く剣を弾かれ手放してしまった!
「ハッ!マヌケが何度目の『しまった!』だ!(残り十数秒これで終わりだ!)」
剣を弾かれ防ぐ手段がいよいよ無くなり急激に血の気が引く。
あぁこれで終わりなんだと思った。そうすると逆に冷静になる自分がいた。
ふと周りを見るとリナが手に炎を纏って氷の枷を溶かしながら何かを叫んでいる。
大丈夫だ、と声にはならなかったが伝える。
リナにもう
防ぐ手段が無くなり選択肢が減ることで逆に浮かんでくる選択肢を思いついてしまった。
防げないのなら正面から受ければ良いと。
そしてもうひとつ、当てられないなら当てられる距離まで来てもらえば良いと。
体を丸め力を入れて少しでもダメージを抑えながら、右手に魔力を込める。
「あぁ……そうか、こうすれば良いのか……」
魔力をヒョウガに気づかれないギリギリまで溜めた俺は左手の親指で心臓の辺りを指し挑発する。
「……?やけになって頭でもおかしくなったか!なら望み通りにしてやるよ!(残り数秒、これで止めだ!)」
速度を付けて真正面から氷の爪による攻撃!
それを左手を正面に出し、ヒョウガの腕に合わせる!
左手にぐさりと刺さる爪。そのまま掴むように受け止める。衝撃と氷の地面でかなりの距離滑り、氷が解けてようやく止まる。
「なっ……どう、やって……受け止め……!」
左手から滴る赤、幸い氷の爪のおかげで数秒でヒョウガの手と一緒に凍って止まった。
「ありがたいな、凍ってくれたなら逃がさないですむ……」
「テメェなに言って……」
『バーストシュート』の要領で魔力を一気に右手に集中させる。
そういえばリナの『緋焔一閃』は刀に、ヒョウガの『氷刃脚』は足に魔力を纏わせていたな。
右手に雷属性の魔力の塊を生成する。
「クソッ!手が凍ってて離れられねェ!」
焦ったヒョウガは離れようとする事に一瞬時間を使ってしまう。結果それが致命的なロスに繋がる。
その一瞬の隙に俺は最後の一歩を踏み込みありったけの力を込めて魔力の塊をヒョウガに叩きつける!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
魔力の塊はヒョウガの体の中心に命中し、
ズバチィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!
と、雷が落ちたかのような音が鳴り響く。
「グァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
左手に凍ったまま刺さっていた指が、魔力の余波により氷が砕け、ヒョウガが吹っ飛ばされると共に抜けていった。
ヒョウガが倒れて動かなくなったのと同時に俺の意識も消えていた。
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