第3話

 俺は翌日約束の時間にギルドに向かう。相変わらずの喧騒の中、半信半疑ながらもリナを探していると、こっちこっちと声が聞こえる。

 周囲を見渡すと俺に手招きしているリナを見つける。小走りで近づき席に着く。

「ごめん待たせたか」

「全然待ってないわよ、むしろ時間ぴったりじゃない」

 そう言いながら笑う彼女を見てほっとする。

「どうしたの?」

「何でもない」

「それじゃあまずはあんたの実力を見たい所だけど……」

「見つけたぁあああ!」

 そう聞こえるやいなやこっちに向かって走ってくる男が見えた。目の前まで来ると突然、

「オレの名前は疾風のゲイルウィンド!神速(予定)でモンスターを倒す男だ!」

 ポーズをキメながら自己紹介をしてきたのは、格好はいかにも早さを重視しているのか、かなりの軽装をした俺と同じ歳くらいの男だった。

「何だこいつ……」

 唖然としている俺に対してリナは呆れたように質問した。

「で、何のようなの?疾風のなんちゃらさん」

「疾風のゲイルウィンドだ!まぁいい、オレは昨日の話を聞いて悲しくってよぉ……。居ても立っても居られなくてパーティに誘おうと思ったんだが、昨日は辛そうだったからこうして今日来たって訳よ」

 言動はアレだが心配はしてくれてたのか。

「と、言う訳で、オレとパーティを組もうぜ!」

「ど、どうする?」

「あんたに任せるわ」

「ん?ちょっと待てもしかしてもうパーティ組んじまったか!……すまねぇ、それじゃあオレは邪魔だよな……」

 急にしおらしくなったな。まぁでも任せると言われたし、

「パーティ組むんだろ?俺としてはありがたいよ」

「良いのか!うぉおおお!これからよろしくな!」

 はしゃいでいるこいつにビビっているのか後退りする女の子が視界の端に見えた。

「あれ?君は昨日の……」

 声を掛けられてビクッと肩を震わせている。

「ひゃ、ひゃい!」

「昨日は本当に助かったよ。そのお陰でこの通り元気だよ」

「そ、それは良かったですー」

「それで今日はどうしたんだ?」

「わかった!君もオレと同じようにパーティに誘いに来たんだな!」

 ふんっ!と気合いを入れた鞘の一撃が空気を読めないやつの足を小突く。

「あんたねぇ、少しは空気読みなさいよ!」

「痛ってぇえええ!何するんすか、これでも風は読めるんだぞ!」

 頼むからそこでバチバチしないでくれ!余計話しづらくなるだろ!

「ごめんな、こんなで」

「い、いえ……私もしっかりしないとですね……」

 そこで彼女は一呼吸置き、

「わ、私もパーティに入れてください!」

「大歓迎よ!どうせこいつら回復魔術なんて使えないからね」

「ヒーラーさんだったのか珍しいっすね。それにかわいい子は大歓迎っすよオレは」

「か、かわ……!」

「あ痛ぁあ!」

 ふんっ!と再び足を小突かれている。まぁ自業自得だな。

「俺ももちろん歓迎するよ」

「よ、良かったぁ……、断られると思った……」

 ホッとしたのかその場で座り込んでしまった。

「だ、大丈夫か……?」

「は、はい……大丈夫です。安心したら力抜けちゃって……えへへ」

 手を差し伸べながら自己紹介をする。

「はわわ、まだ名乗ってませんでした……。アリアです、よろしくお願いしましゅ!」

「リナよ」

「オレの名前は疾風の

「あんたさぁ、本名は何ていうの?」

「だから疾風の」

「それはあんたがそう名乗ってるだけでしょ。それに戦闘中にそんな長ったらしい名前言ってたら大変でしょ」

「そ、それは確かにそうかもだが……」

 リナの言うことはもっともだがちょっと可哀想だった。

「ぐぬぬ……。……ハヤテだ。これで文句は無いな!」

「そっちの方が良いじゃない」

「ちぇっ、カッコイイと思ったのによ……」

 俺はそういうの嫌いじゃないぞ。



 そんなこんなで自己紹介を終えた俺たちは、リナの提案でまとめて実力を見ると言うことで、再び東の森に向かうことになった。

「基本的なゴブリン退治よ。あんたたち三人で倒してみなさい」

「ゴブリンなんて楽勝っすよ」

 言うだけあってハヤテは双剣でサクサク倒していく。

「こ、こないで!」

 一方アリアは近接戦闘が苦手なのか、近づいてくるゴブリンを基本攻撃魔術の『シュート』で迎撃する。魔術で体勢を崩した所に俺が止めを刺していく。

「アリアちゃんが水属性、ハヤテはどうせ風属性かしら……」

「どうせってなんすか!その通りっすけど!」

 ――この世界では火、水、風、土、雷、氷、光、闇の八属性が存在する。人は基本的にはこの何れかひとつの属性を持っている――。

「カイト!あんたも魔術を使ってみなさい」

 魔術はまだ練習中だけど……。魔力を手の先に集めて狙いを定めて……放つ!

「当たれ……!」

 ゴブリンに向かって『シュート』を放つも、狙った位置には飛んで行かず外れてしまった。その隙をゴブリンは見逃してはくれず、距離を詰めて攻撃してくる。それを腕に魔力を込めて防ぐ――これを魔力防壁という。

 ――魔力防壁とは、攻撃を受けた際にダメージを防ぐものである。防ぐと攻撃の威力に応じて魔力を消費する。しかし、魔力防壁の魔力より攻撃の威力が高いとその分、体にダメージが入る――。

 防いだら剣で反撃し、倒れたところに『シュート』で追撃し撃破する。

「やっぱり魔術はまだまだだな……」

「属性は雷……と、精度はこれから上げてけばいいわよ。……この辺のゴブリンは倒したわね、それじゃあ魔核を拾ったら次に行きましょうか」

 ――魔核とはモンスターを倒すと落とすモンスターの核の事である。魔核を復元することで、そのモンスターの素材を獲ることができ、それを加工して武具等を作るのに使う。基本的に冒険者は魔核を売ってお金にするのがほとんどらしい――。

 魔核をマジックバッグに入れていく。

 ――マジックバッグとはその名の通りではあるがバッグに特殊な魔術が施されており、物を魔術的空間に収納することが出来る。収納出来る量や大きさはマジックバッグのランクによって決まる、冒険者にとって必需品である――。


 がさがさ……!


 何かが近づいてくる気配と聞き覚えのある足音!

「この足音は……!」

「少しでかいな」

「おそらくホブゴブリンね。まぁ頑張ってあんたたちで倒してみなさい」

「え、えぇー!リナちゃん手伝ってくれないの!?」

「大丈夫、大丈夫いざとなったら助けてあげるから」


「グォオオオオオ!」


 叫び声と共に目の前に現れたのは、昨日俺が殺されかけたホブゴブリンだった。目の前にした途端、昨日の傷が疼き出し手で押さえてしまう。

「だ、大丈夫……?まだ昨日の傷が治ってなかったの?」

 アリアが心配そうに声を掛けてくる。

「大丈夫だ、少し疼いただけだ」

「オレが注意を引き付けるから隙を付いて攻撃してくれ!」

「わかった」

「り、了解!」

 ハヤテが正面から突っ込む、当然攻撃してくるホブゴブリン。棍棒による振り下ろし攻撃を横に回避、そのまま背後に回り込みつつ攻撃を加えていく。

 ホブゴブリンはハヤテを追うように振り返りながら棍棒で薙ぎ払う。それをバックステップで難なく回避して合図を送ってくる。

「よし、いまだ!」

 アリアは杖で狙いを定めている。その射線上に重ならないように突っ込む。

「えーい!」

 アリアの『シュート』が命中。

「はぁあああ!」

 そこに合わせて剣で追撃する。

 今度はこちらに振り返るホブゴブリンをすかさずハヤテが背中から斬り付ける。

「グォオオオ」

「気をつけろ!攻撃来るっすよ!」

 ハヤテに言われて距離を取る。

 ホブゴブリンがその場で暴れるように様々な方向に棍棒を振り下ろす。

「くっ……近付けない……!」

「落ち着け!もう少しすればおそらく……」

 ハヤテの言う通りホブゴブリンの動きが次第に遅くなる。そして暴れ疲れて攻撃がおさまる。

「いまだ!一気に畳み掛けるっすよ!」

「おう!」

「は、はい!」

 疲れた所を一斉攻撃し、ついに撃破した。昨日死にかけた相手を仲間が居たとはいえ、こうもあっさり倒せるとは思わなかった。

「このくらいなら苦戦はしないか……。お疲れさま、あんたたちやるじゃない」

「まあ、オレ一人でも倒せるには倒せるんすけどね。時間は掛かるが……」

「はいはい、凄い凄い」

 リナがテキトーに相づちを打つ。

「微塵も思ってないっすよねっ!」

「二人とも凄いですね……」

「あぁ、リナは当然だがハヤテも言うだけのことはある」

 アリアは首を横に振り、

「いえ、私が凄いと思ったのはカイトさんと、ハヤテさんの事だよ。二人ともモンスターに果敢に立ち向かえて……」

 内心ビビってはいたけど、ハヤテが注意を引き付けてくれてたから戦えてただけなんだけどな……。

「それじゃあ今度こそ次に行きましょうか」


 その後もゴブリン倒しながら奥へ進んで行き、たまにホブゴブリンにも遭遇したが三人で連携して難なく倒す事が出来た。

 しばらく進んでいると見覚えのある開けた場所に着いた。

「ここって……」

「えぇ、昨日あんたが襲われた場所よ」

 昨日は色々あったせいで周囲を見る機会は無かったが、改めてみても特に変わった様子はない。

「うーん、特に変わった物は無いわね」

「何か探しに来たんすか?」

「何かあるかと思って来てみたけど無駄足だったみたいね」

 何もなく帰ろうとしていたところに後ろから不意に声が聞こえてきた。


「んー、何だオマエら。客じゃ無さそうだが……」


 声のした方を見ると、さっきまで何も居なかった場所にいつの間にかソイツはいた。

「その姿こいつまさか……!」

「んあー、オレはまぁ……」

 ソイツは頭に二本の角があり、背中に翼、先の尖った尻尾を生やしている……。

「ただの魔族だよ」


 魔族だって!?ただのモンスターとは異なり知性を持ち人の言葉を解するあの!?

「その魔族さんがあたしたちに何の用かしら。客とか言ってたけど」

「客じゃ無いのなら用は無いが……、まぁオマエらでも連れて帰れば褒美が貰えるかもなぁ!」

 魔族から鋭い殺気が放たれるのを感じる。

「全員戦闘準備!」

「まずはてめぇからだオンナァ!」

 リナに迫る凶爪。それを鞘で受け止めて弾く。

 仰け反った所をハヤテが背中側を切り裂く。

「ぜらぁ!」

 しかし、傷は浅くほとんどダメージが無いように見える。

「何かしたか?……フンッ!」

 振り向きながらの爪の薙ぎ払いを、ハヤテはかろうじて双剣を使って防御する。

「よそ見するとは余裕ね」

 ハヤテが攻撃している間に鞘を腰に戻し抜刀の構えをしていたリナ。

「せぇい!」

 背中と翼をまとめて斬る一撃。ハヤテよりも深いが、傷がだんだん塞がっていってる。

「再生しているのか!?」

「オレは魔族の中でも下級だがこの程度の傷であれば簡単に再生出来るんだ」

 奴の中でも警戒レベルが高いのか再びリナに攻撃を仕掛ける。

 こいつホブゴブリンなんかよりもずっと強い!俺なんかじゃ邪魔になるだけで見てる事しか出来ない……。

「くっ……(くそっ、攻撃は回避は出来るけど攻めきれない……)」

 そこでハヤテが一気に距離を取り言う。

「リナ、そのまま引き付けてくれオレのとっておきで倒す!」

「とっておきって何よ!?まぁ良いけど!」

 流石に魔族だけあって馬鹿じゃなく、

「させると思うか?」

 リナに回し蹴りを放ち後ろに回避させることで距離を取り、一気にハヤテの方に向かう。

「のわっ!引き付けとけって……言った、じゃ……無いっすか……って、うわぁ!」

「ハヤテ!」

「あのバカあんなこと言ったら狙われるに決まってるでしょ!」

 周囲の木まで吹っ飛ばされるハヤテ。魔族は再びリナの方にゆっくり歩きだす。このままではジリ貧になってしまう。

 アリアは恐怖で竦み上がっているし、今動けるのは俺だけだ。

 なら……。

 俺が……注意を引き付けるしかない!

「こっちだ化け物!」

 『シュート』を連続で放ち注意を引こうとする。

 しかし、こっちを一瞬見ただけでまた歩きだす。

 だったら……!一気に近付き斬る!

「うぉおおおおお!」

「そこで立ち竦んでいたなら放って置いたものを……フンッ!」

 爪による連続攻撃を躱して、躱して、躱し続ける。

「ちょこまかと鬱陶しい!」

 こいつの攻撃パターンはリナたちとの戦闘を見ていたからわかる!

 たとえ見てからは間に合わなくても、来ると分かっている攻撃ならば躱せる!

「どうした?全然当たってないぞ」

「それはオマエもだろうが!」

 俺の攻撃は当てなくていい、回避に専念する。

 今の俺ではコイツには勝てない。けれど、俺がコイツを引き付けていれば、リナなら倒してくれるはず!



「(あいつよく避けるわね……あれならもう少し大丈夫そうね。なら……)」

 刀を鞘に収め、鞘の中に魔力を溜める……。

 静かに丁寧に溜めていく。

 限界ギリギリまで溜めた所でようやく気付かれる。だけどもう遅い!煽られてカイトに構ってたのがあんたの敗因よ。

 慌ててこっちに飛んでくる魔族。間合いに入った瞬間、鞘に溜めた魔力を解放し一気に刀を抜く。


「『緋焔一閃・居合』!!」


 炎を纏った刀が魔族の胴体を横に切り裂く。

「ばか、な……オレがこんな……ニン……ゲン……に……」

 振り抜かれた刀は横一線の赤い炎を残し、魔族の胴体を上下に分断した。

 倒れると同時に体は霧散し残ったのは魔核のみとなった。


 魔族を倒したリナは刀を鞘に戻して一息つくと、

「全員無事かしら?」

 と、俺たちの安否を確認する。

「俺は大丈夫だ、攻撃は当たってないからな」

「わ、私も……無事です……見向きもされなかったので……」

「痛ってぇー、オレも生きてるよ。せっかくとっておきで倒そうと思ったのによー」

 背中を擦りながら歩いてくるハヤテ。ところでとっておきって何だったんだろう?

「て、手当てします!」

「サンキュー、助かるぜ」

「それにしても魔族が居るとはね……あたしたちのことを客と言っていた。つまりここで取り引きをしようとしてたってことよね」

「それって取り引き自体は本当にあるってことか!?なら何で俺の時はモンスターに襲われたんだ……?」

「それは……それこそ黒幕以外は分からないんじゃないかしら」

 実際に取り引きが行われいるという事が分かっただけ上々か。

「それじゃあ帰りましょうか、あんたたちの実力も大体分かったし」

「うぅ……あんまり役に立てなかった……」

「こうして回復してくれてありがたいっすよ」

「俺もまだまだ弱いことに気付かされたよ」

 帰り道でも何度かモンスターに襲われたが難なく倒す。


 ギルドに帰ってくると受付のお姉さんからゴッツや、兵士たちがあの後から行方不明になったことを聞かされた……。

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