第11話「指原さやかは何故現れたのか」

よかった、ここなら誰もいない。

芹華からの電話を受けた私は教室を飛び出して人気のない、屋上手前の踊り場までダッシュした。

あのまま教室で電話を取ったりしたらクラス中に聞き耳をたてられてしまう。

そのせいで今以上に変な噂が付くのも嫌だし、やっと芹華と話せるのだ。周りを気にせず話したい。

「もしもし? お待たせ」

「あ、やっと出た」

あぁ、いつもの芹華の声だ。怒ってない、様子もおかしくないいつもの。そう思っただけで少し涙ぐんできた。

「さっきはゴメン。でもどうしてもウチにはきてほしくなくて……」

あぁ、やっぱり芹華も気にしてくれてた。安堵するとともに、何であんなこと言ったのか、聞かずにはいられない。

「何で芹華の家に行っちゃダメなの? そういえば私芹華の家全然行ったことないよね? 芹華の家に行った記憶がなくて」

「うん、それは……いや、ほら、蘭子の家はいつも行ってるから居心地がよくて。もはや実家みたいな? うん、だからいいでしょ、それで」

いいわけない。

「よくない。芹華、私に何か隠してるでしょ。絶対おかしいもん。家に行けないのもそうだし。芹華のお母さんだって、私全然思い出せないんだよ?」

芹華とはずっと仲がいい。バスケをずっと頑張ってることも。よくYouTubeを見て夜更かしすることも。実はメイク道具を買ったけど、怖くてまだ使えてないことも全部全部芹華を知ってると思ってたのに。なのに、家のことも、家族のことも全く知らない。いや、小さい頃から友達だから知ってるはずなんだ。なのに思い出せない。何か大事な記憶がすっぽり抜けているような、そんな違和感がある。

今までおかしいと思ってなかった私も私だけど、芹華は絶対私に何か隠してる。

「まぁウチのお母さん遅くまで働いてるからね。蘭子でも簡単には会えないよ」

「それでも休みの日にも見たことないよ。それに、芹華の家に行ったとき、小さい頃の芹華と、誰か大人の記憶が浮かんできたの。あれは何?」

「! 蘭子、何を思い出したの!?」

図星をつかれたような反応の芹華。驚いている表情が直接見えなくても手に取るようにわかる。

「やっぱり何か隠してるんだ! 全部教えてよ芹華。私に隠しごとなんてしないで」芹華、洗いざらい話してよ。私たち隠しごとするような仲じゃないでしょ?

私の強い気持ちが電話口に乗ったところで。

「こんなところで誰と電話してるんですか、らんらん?」

ぞわっとする声の方に振り返ると、そこにはさやかちゃんが立っていた。

「さやかちゃん!? なんでここに」

「なんだか大きな声がするなぁって来てみたららんらんがいたんですよ」

さっきの話し声が階下まで聞こえてたのか。

「ちょっと今大事な話をしてるから外してもらっていい?」

こうなったのはさやかちゃんにも一因があるけど、今はそれどころじゃない。芹華に集中させて。

「大事な話ってなんですかぁ? 私も一緒に聞かせてくださいよ」

去って行くどころかこちらに近づいてくるさやかちゃん。

あぁ、もうこのままじゃ埒が明かないな。自分から離れていこうと、さやかちゃんを横切って階段を降りようとしたところで。

「ちょっと、どこ行くんですかぁ?」

逃げられないようハグしてきた!?

え? 怖い、絶対おかしいって。

「ちょっと放して!」

「どうしたの蘭子!?」

私の様子を察したのか、電話口から芹華の大声が聞こえてくる。

「あーやっぱり安藤先輩と喋ってたんですね。そんなに寂しいなら私が相手するのにー」

「あなた、もしかして陸上部の!?」

まずい、このままだとどんどんややこしい事態になりそう。

「芹華、心配しないで! また後で掛けなおすから!」

「ちょっと! だいじょ――」

被害を最小限に抑えようと、私はスマホのボタンを押して通話を終わらせた。

「あ、電話切っちゃったんですか?」

ここでやっとさやかちゃんは私をホールドする腕を放してくれた。

「あれじゃまともに話せないでしょ」

「だって折角引き剥がしたのに、私の知らないところで話されてたら意味ないじゃないですか」

「引き剥がしたって!?」

こうなるよう意図的に仕向けてたってこと?

すると、さやかちゃんは動揺するどころか、「何を当たり前のことを」とでも言いたそうな雰囲気の表情になる。

「そうですよ。安藤先輩がいたら、らんらん私に見向きもしてくれないじゃないですか」

「そんな。今までずっと部活で仲良くしてたじゃん」

「は?」

ひっ! さやかちゃんが女の子がすべきじゃないような鋭い目つきで私を睨みつけてくる……そんなに怒らせるような発言した?

そのままさやかちゃんは私の方に寄ってきて、追い込まれた私は背中が壁にぶつかる。しかし、さやかちゃんはそのまま止まらず、右手で恐怖しかない壁ドンを浴びせてくる。

「告白したんだから、そのくらいで満足できるわけないでしょう? 安藤先輩にやってるみたいなのが……いや、もっと凄いのが欲しいんですよ! 私は」

「ゴメンなさい……」

さやかちゃんのあまりの怒りの表情に、私は自然と謝罪の言葉が口から出てしまう。

そんなに怒らないで……。

「謝るなら、私の欲望満たしてくださいよ」

「な、何がしてほしいの……?」

一刻も早くこの時間を終わらせたくて、私は涙目でそう聞く。

「こうゆうのですよ」

そう言うとさやかちゃんは。

「んっ!?」

私の口に舌を入れてきた!?

思わずさやかちゃんから顔を離そうとするけど、両手で顔を掴まれ、逃げることが出来ない。さやかちゃんの舌が私の口の中で暴れて、私の舌と絡み合い、2人の唾液が私の口の中で混ざり合う。

「――っ」

さやかちゃんの手を払って、やっと自分の口からさやかちゃんを追い出す。

息絶え絶えになった私。同じく荒い呼吸をしてるさやかちゃんを見ると、口を手で拭いて満足そうな表情をしていて……。

「……気持ち、悪い」

思わず感情が口に出る。

初めてだったのに……。

予想外の行動への動揺と悔しさと気分の悪さとで感情がぐちゃぐちゃになって自然に一筋の涙が目から零れ落ち……。

「何で、そんなこと言うの……?」

たところでさやかちゃんを見ると何故か私よりも涙を流している。え、被害者私だよね?

「私、今までも好きな女の子が何人かいて、皆に拒否されて……でも、好きになるのはどうしようもないから。止められなくて……だから、気持ち悪いなんて、言わないで……」

さやかちゃんは泣いても泣いても溢れてくる涙を際限なく手で拭うも、止まらない涙は床に滴り落ちていく。

その姿に罪悪感が出てきてしまう。

流石に「気持ち悪い」は言い過ぎだったかも……いや、ここまで常軌を逸した嫌がらせをされた上に口の中を嘗め回されたら誰だってそう言うよ。

まだ泣き続けているさやかちゃんに対して少し後ろめたさを感じてしまうものの、そもそもそう思ってしまうのがおかしいと思いなおす。

ここでハッキリ言っておかないとまた付け込まれてしまうかも。私は心を鬼にして口を開く。

「こんな嫌がらせされて、急にキスまでされたら、誰だって気持ち悪いって言うと思うよ。さやかちゃんだって同じことされたら嫌でしょ?」

すると、涙を拭う手を止めて首を横にかしげるさやかちゃん。

「嫌? 女の子に好意を持たれて、こんなに愛を注いでもらったら嬉しいに決まってるじゃないですか」

何の迷いもなく、自分の言っていることに絶対の自信を持ってそう答えるさやかちゃん。

本当に、一ミリの悪意もなく、今までの行為をしてたって、こと?

しかもあれを「愛」だと信じて疑わない。

「そんなの、愛じゃないよ。相手の嫌がることして……芹華なんて学校に来れなくなっちゃったんだよ? 嬉しいわけないよ」

「だから、らんらんは私が気持ち悪いんですか?」

また今にも泣きだしそうなさやかちゃん。

「あぁ、行動に対しては気持ち悪いと思ったけど、さやかちゃん自体が気持ち悪いって言いたいわけではなくて」

どうにか取り繕おうとするも、支離滅裂になってしまう。

「やっぱり気持ち悪いんじゃないですか!」

「えーん」と再び泣き出してしまうさやかちゃん。あぁ、もうどうすればいいんだこれ。

と、しばし対応に困っていると。

キーンコーンカーンコーン

よかった、次の授業の予鈴が鳴った。これで教室に戻らせる口実ができた。

「さやかちゃん、もう授業始まるから教室に——」

「やだー! そうやって逃げる気なんだー!」

あぁ、もう幼児化しててこっちの話を聞いてくれない。ここに置いてくのも可哀想だしな……こうなったら無理矢理連れてくしかないか。

「よいしょっと」

泣きわめくさやかちゃんをおんぶする。

「ふえっ?」

私の行動がさやかちゃんには予想外だったのか、驚いた様子のさやかちゃんは泣くのを止める。よし、この様子だったら教室に連れていけそうだ。

「そのまま置いてっちゃえばいいのに」

「いや、流石にそれは気が引けるというか……置いていったらまた何かされそうだし」

「酷い」

「あはは、嘘は吐けないから」

損するって分かっててもそうゆう性分なもんで。

「でも、そうゆうところ、好きです」

背中、というより首近くに頭を付けられたのを感じる。ちょっと濡れてるように感じるのはさやかちゃんが拭ってなかった涙だろう。それ以外も当たってそうな気がするけど、気づかなかったことにしよう。

「そんな風に口説こうとしたって、気持ちは傾かないからね」

「違いますよ、思ったまま口にしただけです」

まぁ、色々とんでもないことをされたけど、この子は純粋に私を好きという気持ちで全部やってたんだろうな。純粋と言っても純粋悪のほうだけど。

「あ」

私はある予感がして、さやかちゃんをおんぶから降ろした。

「何で降ろすんですか?」

「いやちょっとさやかちゃん、今顔って……あー」

やっぱり思った通りだ。あれだけ泣いてたから目は真っ赤になって、涙の跡も近づかなくても分かるほどだ。このまま教室まで一緒に戻って置いてくるのか? 私

「早くおんぶしてください」

幼児退行したままのさやかちゃんは何も気にせず、私におんぶされようと腕を伸ばしてくる。

「仕様がない」

私は再びさやかちゃんをおんぶして、進む先を変えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る