第12話「蘭子が生き延びるにはどうすべきか」

「ふー、着いたよさやかちゃん」

「ありがとうございます。って、あれ?」

私から降りたさやかちゃんが困惑するのも無理はない。着いたのはさやかちゃんのクラスの教室ではなく、保健室だったから。

「どうして保健室?」

「あそこに鏡があるからちょっと今の自分の顔見てみなよ」

「?」

疑問を抱きながらも保健室内の洗面台に向かうさやかちゃん。

「わっ」

そして案の定自分の目の周りを見て驚く。

さっきまでは瞳が赤くなってるだけだったけど、今は時間が経って目の周りも赤く腫れてより派手に泣いたのが分かるようになっている。

「これじゃ教室戻れないでしょ?」

「ですね……」

すると、このタイミングで気だるげな保健室の先生が入ってきた。

一応女性なんだから髪形くらいはもう少し整えてきたほうがいいんじゃないか。と思うほどボサボサな髪。

「おう、どうしたお前ら……って、あー随分派手に泣いたみたいだな」

保健室の先生はさやかちゃんを見ると一瞬で察したみたいで、冷凍庫から小さめの保冷剤を出してタオルで巻いた。

「ほら、これ目の周りに当てときな」

「ありがとうございます」

見た目は雑そうなのに、意外としごできな保健室の先生に多少驚きながらさやかちゃんは保冷剤を受け取る。

「ん?」

「どうかしました?」

何でそんな私を凝視するんですか。

保健室の先生はしばらく細目で私を見ていたが、何か思い出したのか急に目が見開くと。

「あっ、どこかで見たと思ったら、この前女子と添い寝してた子だろ! なんだよ、前の子はもういいのか?」

ちょ!? 急に何を。そんな話持ち出され始めたら……あー、さやかちゃんが訝し気な目で私を見てる。

「らんらん、添い寝してたって、安藤先輩ですよね? この前、そうゆうのはしたことないって言ってませんでしたっけ?」

「いや、違うの! 確かに一緒に寝たのは本当だけどそうゆうのは——」

「お、そうゆうのってどうゆうこと?」

何で大人なのに変に煽ってくるのこの人!?

あぁ、ここにいると話がややこしくなってきそう。まずは保健室から出ないと。私はさやかちゃんの手を取って保健室の扉を開ける。

「冷やすやつ、ありがとうございました!」

半分キレながら、形式上お礼を言って保健室を出ていく。

保健室を出てすぐ、さやかちゃんは私の手を振りほどいた。

「ちょっと。ちゃんと説明してもらえます?」

「いや、それは……」

ん、ちょっと待てよ? 何で私こんなに焦ってさやかちゃんに事情を説明しようとしてるんだ? そもそもさやかちゃんは私の恋人でも何でもないよね?

こんなに焦って説明する必要なくない?

「それは、何なんですか?」

「どうしてさやかちゃんにそんなこと説明しなくちゃいけないの? さっきは保健室の先生が急に芹華の話してくるからビックリして逃げてきちゃったけど、そもそもさやかちゃんに話す必要ある?」

「らんらん、少しはまた私と仲良くなれそうって思い始めてたのに、また私をいじめるんですか?」

あぁ、ちょっと泣かないでよ、折角腫れ引いてきたのに。

「うわぁぁぁぁん! やっぱりらんらんは私のこと嫌いなんだぁ!」

「ちょっとさやかちゃん! 私が悪かったから、ね?ね?」

「私が泣いたからそうやって優しい言葉をかけてくれてるだけでしょ? 本当はさっきのが本音なんでしょ?」

「違うから! 私、さやかちゃんのことも好きだから!」

「も?」

うっ、明らかな敵意を持った目つき。

「「も」ってことは、その「好き」の中には安藤先輩も入ってるんですよね? 私だけを見てはくれないんですよね?」

「ち、近いよさやかちゃん。ちょっと怖い」

「ほら、本音が出た。私のこと怖いんだ。それなら」

「ひゅ」

ちょっと、首、そんな力で掴んだら……息が出来ない。

「私のものにならないなら……いらない」

苦しい、あ、死、死ぬ……。


「ちょっとらんらん?」

「わっ」

危ない危ない、「そんなこと説明しなくちゃいけないの?」のところから妄想してたらさやかちゃんに息の根を止められていた。この返しは危険すぎる。それにあまりにも言い方が残酷だしね。まぁ流石に息の根止められるのは……さやかちゃんならありえると思わされるな、昨今の行動から察するに。

「もしかして、やっぱり私に言えないようなことしてたんですか?」

あ、やっぱり目つきが病んでるよ。怖いから、危ないから。

「ち、違うよ。考え事してただけだから。あのときは芹華が色々あって疲れてぐったりしちゃったから、一緒に寝てあげただけ」

「エッチなことは?」

「してないしてない」

「ふぅーん」

「信じてないって目してるよ! 本当だから! ちゅ、チューだって私芹華としたことなかったんだよ? なのにさっき……」

先ほどのことを思い出すと、少し怖くなってさやかちゃんの目が見れなくなる。

「! そんな。じゃあ私、らんらんの初めてを奪っちゃったってことですか?」

「まぁ、そうだね」

「やったぁ」

え、そうゆう感想になるの? 私は後悔してくれるのかな、という想いも込めて告白したのに。

「やったじゃないよ! 初めては誰とがいいとかそうゆうのがあったわけじゃないけど、それでも無理矢理私の始めてを奪っておいて、その感想が「やった」なんて、そんなの自分勝手すぎるでしょ!」

全て言ってから怒りに任せて怒鳴っている自分にも驚いたものの、1ミリも私の返しを想像してなかったらしいさやかちゃんは更に驚愕の表情を浮かべていた。

「私とキスするの嫌だったんですか?」

また、泣こうとしてる。ダメだ、ここはキチンと言わないと。

「同意してないんだから嫌に決まってるでしょ。私「いい」だなんて一言も言ってないんだよ?」

「でもこんなに私が好……そっかぁ」

分かってくれたか。いや、途中までだいぶ怪しかったけど。恋愛が絡むまでは仲良く毎日話していたのに、今は会話するのに気が休まらない。

今まで私はさやかちゃんの何を見ていたんだろうか。さやかちゃんはこの姿を押し込めたまま今までずっと半年の間、私と接してたんだよね。

芹華に電話を掛けなおしたい気持ちはかなり強いけど、先にさやかちゃんを理解しないといけない気がする。

「どうやったら私を好きになってくれます?」

「だったら教えてくれない? さやかちゃんのこと」

「私の……こと?」

「うん、どうして私が好きなのか。とか、その……今までどんな恋愛をしてきたのか、とか」

多分その隠された部分を知らないと、さやかちゃんを理解できないから。

と、こっちは割と遠慮がちに聞いたのだけど、さやかちゃんはパァっと表情を明るくして。

「私に興味を持ってくれてるってことですよね!? はい、じゃあ私の全部を話します!」

「全部? 全部ってどのくらい――」

「今日帰れるかな? あ、話し終わらなかったららんらんの家泊ってもいいですか?」

「え、いやそれは……」

「とりあえずゆっくり話せるところに行きましょうか。あ、あの教室空いてそう。あそこ行きましょう!」

あぁ、もう私の話は聞き入れてもらえなそうだ。私は半ばあきらめ顔になりながら誰もいない教室にさやかちゃんと入っていくのだった。

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君の瞳には私だけ映っていればいい 光 章生 @syousei-H

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