第9話「錯綜」

「芹華? 芹華、どこ?」

何で教室にいないの?

そこに真央がやってきた。真央なら何か知ってるかも。

「ねぇ真央、芹華は?」

「あ、らんらんおはよ。って、汗びっちょりじゃん。どした?」

「そんなんどうでもいいから芹華は!?」

「お、おう。今日はまだ見てないけど。らんらんが分からないなら私が分かるわけないっしょ」

「何で? トイレ行ってるだけとかじゃないの!?」

私はつい威圧的に真央に寄って行ってしまう。

「いや、本当に今日一回も見てないから知らないって。らんらんどした? 今日変だよ?」

なんだよもう、使えない。もしかしてさやかちゃんの言ってた話が本当……いやいやそんなわけない。そうだ、まだ部活の時間なんだからバスケ部にいるはず。きっとそうだ。

すぐさま走って教室を出ていこうとすると。

「ふぅ、やっと追いついた。らんらん速過ぎ……」

そこで教室のドアの前に立ちはだかってきたのはさやかちゃんだった。

「どいてさやかちゃん」

早く先生の所へ芹華について聞きに行かなきゃいけないんだから。

「もしかして私の話が本当か確かめるために職員室に行くつもりですか? それともバスケ部に?」

「どっちだっていいでしょ」

さやかちゃんが立っているドアは素通りして、別のドアから教室を出ていく。

すると、後ろからさやかちゃんの声が聞こえてきた。

「別にいいですけど、らんらんがショックを受けるタイミングが早くなるだけですよ」

「うるさい」

小声でそう呟き、私は教室を後にした。

さやかちゃんの発言を信じるわけじゃないけど、明らかにさやかちゃんの様子はおかしい。何かしてるのは絶対だからそれは確かめておかないと。


「は? 芹華? 今日は来てないけど」

バスケ部が練習している体育館のコートに着くなり、私は最初に目に留まった部員に話しかけ、そう返された。

「何か聞いてない?」

「いや、特に……あっ――」

「何か思い出した!?」

「友達の代わりに陸部の女の子に暴言吐いて振ったって話は色んなところで聞いたけど、まさか関係あんの?」

またその話か。私は思わず苦虫を嚙み潰したような表情が出てしまう。

「あれ? もしかして、あんた芹華にいつもくっついてる子じゃね? 芹華が振ったのって——」

「教えてくれてありがとう」

ここにもその話は届いてたんだ。私はもうその話題は聞きたくないので逃げるように体育館から離れていった。


体育館を後にした私が向かう先。それはもう一つしかない。職員室だ。

あの教師に自分から話しかけに行くのは気が進まないけれど背に腹は代えられない。

「ふぅ」と息を大きく吐いて私は職員室のドアを開ける。

「失礼します」

まだ始業前のため、部活の顧問をしている先生以外は今日の授業の用意をしていたり、パソコンでニュースを読んでいたりと各々の時間を過ごしていた。

そんな中、ウチのクラスの担任先生は、意識の低い教師だと自ら代弁しているかのようにスマホでゲームをしていた。そのため、私が横に立ってもすぐには気づかなかった。

「先生」

「うぉ、何だお前」

先生は私の突然の出現に一瞬驚くも、すぐに余裕のある笑みを浮かべる。何故私がここにいるのか予想が出来ているのが見え透いていてイライラするけど、ここまで来てしまったのだからもう聞くしかない。

「先生、芹華って今日は休みですか?」

「ああ、もう親御さんから休むって連絡は貰ってる」

やっぱりさやかちゃんの言ってたことは本当……いや、ただ体調が悪いだけって可能性もあるし。

しかし、先生は醜悪な笑みを浮かべてこう続けた。

「しかも今日だけじゃなくって暫く休むかもしれないって言ってたな」

「しばっ!?」

同様に思わず声を上げそうになったけど、動揺したらコイツが喜んでしまうと思い、そこまでで踏みとどまった。

「お前、いつも安藤と一緒にいるのに何も聞いてないのか?」

自分の立場が有利になっていると感じているのか、先生の下卑た笑みは更に強くなっていく。

マウントを取られているようで、情けない気持ちが大きくなってくる。今すぐここから立ち去りたい。でも、持ってる芹華の情報を全部引き出すまでは立ち去るわけにはいかない。

「どうして暫く来れなそうなんですか?」

「何でだったかなー。親御さんが行かせたくないって話だったんだよなー確か」

勿体ぶった言い方にイライラしてくるけどここで負けるわけには……そうだ、アレがあったじゃん。

「いいんですか? この前録音したデータ、流しちゃいますよ」

あの事件の後から先生は私と芹華に強気に迫ってくることはなくなった。それはパワハラしていた証拠があるからだ。このカードを使えば先生は——

「録音? 何の話だ?」

は? 何急にしらばっくれてるの?

「あのとき先生に聞かせたじゃないですか。ちょっと前の朝のHRのときの」

「ちょっとよく覚えてないな」

ここにきてどうしてこんな強気なの? もういいよ、それならここで。私はスマホを取り出してハッとする。

あのデータは芹華のスマホにしかない。

「校内でスマホは禁止だぞ。今回は取り上げないでおくから早くしまえ」

「……はい」

そうするほかなく、私はスマホをバッグに戻した。

「で、何だっけ?」

くっ、勝利を確信してる性格の悪い笑い方してる。芹華は連絡がきたときにあの録音データを使わなかったの? そうすれば先生の発言の信憑性だって下がってお母さんの考えも変わったんじゃないの?

ダメだ、とりあえず現状で一番確実なのは……。

「先生、私今から芹華の家に行ってくるので遅刻します」

「は?」

本人の家に行くのが一番確実だ。

「失礼します」

先生に軽く頭を下げて職員室を出ていく私。

「おい、ちょっと待て如月――」

先生の言葉が終わらない内に職員室のドアを閉める。

そして。

「何があったの芹華」

私は学校を後にして、芹華の家へ向かう。

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