第8話「亡失」

結局次の日は1日寝込むことになり、勿論芹華もズル休みして一日中私に付きっきりで看病してくれた。

「風邪がうつるといけないから」

と、帰るように促したけど。

「蘭子みたいにバカじゃないからうつらない」

と謎の理論で返され、そのまま居つかれてしまった……いや、バカじゃないし私!

でも、芹華が隣にいてくれると正直安心して、私は久しぶりに体も心も休められた気がした。


「ん……芹華」

私の手は温もりを求めさまようも、掴めるのは冷たい朝の空気だけだった。

「あ……」

ベッドで目を覚まして気づく。

そうだ、昨日の夕方には私の熱が下がったから芹華は自分の家に帰ったんだった。うん、流石にウチに連泊し過ぎてたもんね。それでも帰るときはシュンとしてたけど。

でも昨晩は1人になれたお陰か、今自分が置かれた問題にどう向き合うべきかじっくり考えることができた。

芹華がいたから考えられなかった訳じゃないよ? むしろ、芹華がずっとそばにいてくれたからこそ、私はまた前に進もうとする気持ちが芽生えてきた。

だから逃げないで向き合わなきゃいけない。さやかちゃんと。

「ふー」

どうしてさやかちゃんが悪意を持って私を貶めるような行動をとったのかは分からない。でも、分からないからって怖がってちゃ、否定してちゃ前に進めない。まずはさやかちゃんと話し合わないと。

「行ってきます」

清水の舞台から飛び降りるが如くの気持ちで、私は家のドアを開いた。

「おはよーございまーす、らんらん」

「さやかちゃん!?」

気は強く持っていたつもりだったけど、家を出た瞬間にさやかちゃんに会うのは予想外だった。

前にも待ち構えてたことがあったけどあの時とは状況が違う。むしろ私を避けたいと思ってたのに、どうゆうこと?

今家から出たところだけどもう戻りたい。全く何を考えているか分からないさやかちゃんが正直怖い。

「早く学校行きましょうよー」

さやかちゃんが家の門を開け、向こうから近づいてくる。さやかちゃんが近づくたびに私の体は自然と震えだす。足がすくんでその場から動くことも出来ない。

ついにさやかちゃんが私の前まできて、腕を乱暴に握られる。

「芹華っ」

あ、私つい芹華を……。

するとさやかちゃんは笑みを浮かべ……笑みといっても目はあまり笑っておらず、口角ばかりが不自然に上がった不気味なもので。

「あはは、やっぱり安藤先輩呼ぶんだぁ。私がヴィランみたいじゃないですかぁ。でも残念、安藤先輩は来ませんよ」

「え?」

どうしてそんなことさやかちゃんが? と言葉に出さずともそれだけで伝わったようで、さやかちゃんは続ける。

「あぁ、迎えに来れないってだけじゃないですよ。もう会えないかもしれませんね」

「どうゆう……こと?」

「学校で私に何したか親に伝わったみたいですよ。あそこの家結構めんどくさいらしいですからね。親ヒスっぽいし」

「そ、そんなこと」

芹華のお母さんはちょっと変わってたけど、そんな……あれ? 芹華のお母さんってどんな人だったっけ? 最後に会ったのはいつだっけ? どんな顔してたっけ?

「あーあ、まだ庭荒れたまんまじゃないですか。本当に親、いるんですよね?」

俯く私を下から覗き見てくるさやかちゃん。やはりその目は笑っていない。

「い、いるに決まってるじゃん!」

何言ってるんだこの子は? 失礼が過ぎる。芹華のお母さんだってそんなヤバい人じゃなかったはずだ。そうだ、さやかちゃんに怖がってるから私は正常な判断がつかないんだ。さやかちゃんから離れれば。

私はさやかちゃんの手を振りほどいて早歩きで歩き始める。できるだけさやかちゃんから距離をとれるように。

「ちょっとぉ~、らんらんどこ行くんですかー?」

私を追って駆けてきたさやかちゃんが私の腕を掴む。

「やめて!」

私に触らないで!

絶対おかしい。私と芹華が離れ離れになるわけがない。

「待ってよらんらんー」

近寄らないでよ。

私はできうる限り速く足を動かして通学路を駆けていく。

「はぁはぁ」

あぁ、感覚が陸部の練習をしているときに近づいていく。走ることだけに集中して、他の物事は全て抜け落ちる。これならこのまま学校に行けそうだ。

さやかちゃんの声ももう聞こえない。息は上がっていくけど、比例して気持ちは落ち着いていく。そうだ、さやかちゃんが言ってたのはきっと全部嘘だ。私を騙して、驚かせて……それで何がしたいのかはよく分からないけど、でも嘘に決まってる。芹華はいつも通り学校に来てるだろうし、芹華のお母さんも普通の人のはず。そうだ、学校に行けば、教室に入れば芹華がいて、いつも通り私を迎えてくれるはず。そうに違いない。

芹華芹華芹華芹華芹華芹華芹華芹華芹華芹華芹華芹華芹華芹華。

「はぁはぁはぁ……!」

芹華の名前を無心で頭の中で唱え続け、私はついに教室までたどり着いた。

「芹華っ!」

汗で髪が顔のあちこちに張り付くのも気にせず、私は芹華の席に急ぐ。

ようやくたどり着いた席にはいつものように私を出迎える芹華の姿が。

「芹華……?」

なかった。

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