第4話『烙印抹消《ゼロ・レッテル》』

——数年後。


 乙女は、自分が人の魂を入れ替える力を持つことに気づいてからというもの、自らを「操魂術師そうこんじゅつしネオマルクス」と称し、信者を増やしていた。


 信者たちが乙女を支持する理由は、操魂術そうこんじゅつだけにあるわけではなかった。


 信奉者たちが陶酔とうすいする、得体の知れない主義の存在があったのだ。


 その主義の名は……


 「赤裸せきら主義」。



 ***



 操魂術師そうこんじゅつしネオマルクスが、広大な黄金色の小麦畑に、何千、何万というおびただしい数の信者を集め……


 口を開いた。


「わたしの、この神より授かりし、魂を操る力。ついに、世界の全ての人々に、及ぶまでになりました。つまりわたしは、全人類の魂を、自由自在に入れ替えることができる、ということ。もし、世界規模の魂の入れ替えをしたならば……それも短い周期で繰り返し、魂の入れ替えを行えば、何が起こるか、想像できますか——」


「——烙印レッテルが抹消されるのです。どういうことか。例えば、世の支配者や権力者と呼ばれる人たちは、肩書や、地位や、財産を抱えていますよね。しかし魂が遠くの誰かと入れ替わってしまえば、一瞬にして、それら全てを失います。いわゆる上級国民の方々、『明日からあなたは、地球の裏側の、浮浪者のような見た目の他人に入れ替わる』なんて言われたら……再び甘い汁を吸わんと成り上がることは、できますか? ちなみに翌日には、さらにまた別の誰かの肉体へ飛び移ります。さぁ、どうでしょう——」


「不可能、ですよね。何人なんぴとたりとも、一朝一夕いっちょういっせきで『偉く』なることは、できない。そもそも人は、その職業に貴賎きせんもなければ、その立場によって人としての価値が変わることもないわけですが、そうやって今あるレッテルを、全て駆逐くちくすることによって、真の平等が実現するのです——」


「さぁ、これから魂が交錯こうさくします。全ての魂が、その宿る肉体を替えたあかつきには、全人類がまるで赤子のように、一人では何もできないちっぽけな存在になります。社会は崩壊します。産業、金融、経済などというものも消えます。ひいては国という枠組みさえも無くなってしまう。理想の世界が、烙印抹消ゼロ・レッテルの世界が、誕生するのです!」


 乙女がそう言い放ち、その青白い両手で天をあおぐと……


 小麦畑に、麦穂ばくすいのごとくたたずむ信者たちの頭頂から……


 半透明の光のゆらめきが、吸い出されるようにして、立ち昇りゆく。


「うふふふふ。そうだ、上級国民の皆さん、魂の交錯を止めたいでしょうけど、わたしを殺そうとしても無駄ですよ? わたしはこの世界を平等にするために産み落とされた存在。使んですから……」


 魂の交錯ソウル・シャッフルは続き……


 全人類の魂は、無作為アトランダムに、入れ替わった。

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