第5話『野生回帰《イントゥ・ザ・ワイルド》』

 操魂術師そうこんじゅつしネオマルクスによる魂の交錯こうさくは、烙印レッテルを抹消するだけに留まらなかった。


 烙印抹消ゼロ・レッテルは、文明を崩壊させ、人類を無力化し、ただの二足歩行の哺乳類にした。


 木の実や魚をとることに一日の大半をついやす、その日暮らし。


 つまり、人類という、「動物パズル」というべきもののいちピースにすぎない存在を、再び自然界というパズルの枠に戻してやった、というわけだ。


 かつての人類は、異様な習性を持っていた。


 自らを「文明人」などと呼び、豊かな暮らしを享受きょうじゅする特別な存在であると思い込みながら……


 時計の針が、『12』を二度回っても、建物の明かりが窓から漏れ出るという狂気じみた光景を、許容してしまう。


 丸一日、太陽由来ではない白い光部屋のライトのもとに幽閉ゆうへいされる。


 「幽閉」と表現するのは、人類の生活がおおやけの性質ばかりを帯びており、ちっとも私的でないからだ。


 人類は、本来しゅとすべき的な時間というものを、失っていた。


 彼らの生活は公私ではなく、公だったのである。


 人類は、自己家畜化じこかちくかに熱心な動物だった。


 人類は他に例えるなら……かいこのような存在だ。


 蚕は確かに、美しい生糸きいとを生み出す。しかしそれは、自分のためではない。最終的に出荷される純白の絹のころもには不相応の、薄汚い箱に詰められ、ただただ糸を喉奥から吐き出し続け、まゆを作り、その中に閉じこもる。一度繭の中入ったら……二度と日の目を浴びることはない。運良く、養蚕業者ようさんぎょうしゃの目を盗んで孵化ふかに成功した成虫カイコガには……口がない。食の喜びを奪われ、その上病んでしまったのか、口も聞けない。


 人類は、、になるのではなく……


 、であるべきだろう。


 空を優雅に羽ばたき、色とりどりの花の蜜を吸う。


 そう、あるべきだろう。

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