第3話『魂の交錯《ソウル・シャッフル》』

 乙女は、すぐに、農村の民たちに受け入れられた。


 とりわけ男たちは、彼女の美貌びぼうもあってか、乙女に優しくしてやった。


 乙女は、食べ物にも、住む場所にも困ることがなく、この村でずっと、何不自由ない暮らしをするものと思われたが……


 そうは、いかなかった。


 ある男が、来てしまったのだ。


 傲慢ごうまんかつ横暴、財産と態度だけは他人ひとの何倍もある、悪名高い、都会の男。


 彼は、この農村に絶世ぜっせいの美女がいるという噂を聞きつけてやってきたのだが、その目的はただ一つ。


 乙女を、おのが妻にすること。


 都会の男は農村に入るや否や、すぐに乙女の元を訪ねた。


「君が噂の……美しき乙女だね? 私と一緒に来たまえ、こんな薄汚い農村よりもうんといい暮らしが、都会にはあるぞ?」

 都会の男が、躊躇ためらいもなく乙女の手を引っ張って、そう提案した。


「……都会、ですか? わたし、この村での生活に、不満はありません。ここが好きなんです。だから……」

 乙女は、都会の男の申し出を、丁寧に断ろうとするのだが……


「絶対に反対だ!」


 あの日、乙女を自分の小麦畑の中に見つけた若い男が駆けつけ、そう訴えた。


「そうだそうだ! 彼女はこの村の大事な一員だ。お前のようなクズに、取られてたまるか!」

「だな! カネや贅沢な暮らしで釣ろうったって無駄だぞ! この村には、そんな下品なものからは得られない、温かみってやつがあるからな!」

 他の農村の民たちも、加勢する。


「あいつ、国中から女性をかき集めては、まるで物や道具のように扱う酷い男なんだ! 君のことも、服飾品や、娼婦しょうふのように扱うに違いない!」

 若い男は、都会の男がいかに悪人であるかを、訴える。


「おい、そこの青臭い若造よ。ありもしない私の悪口を、彼女に吹き込むのはやめてくれないか? お前の汚らわしい声を彼女が聞けば、耳が腐り落ちてしまうやもしれん」

 都会の男は、若い男を、挑発ちょうはつした。


「なんだと! 貴様っ、ぶっ飛ばしてやろうかっ!」

 若い男は、とんでもない勢いで、都会の男に掴みかかる。


「おーっとおっと。いいだろう、腕力で勝負といこうじゃないか。家柄や経済力で、私に勝つことは叶わんだろうからなっ!!」


 都会の男は、若い男の顔を、拳で殴りつける。


「貴様っ、やったなっ! 覚悟しろっ!!」


 若い男は、都会の男に、拳の一発を、お返しする。


 乙女の目の前で、殴り合いの喧嘩が始まってしまった。


 困り果てる乙女。


 だが、そのか細い腕では、男二人を止めることはできない。


「やめて……」

 

 乙女の小さな声。


 それが、頭に血の上った男二人に、届くはずもない。


「フッ、やはり腕力の方も大したことはないな。農村のひもじい暮らしでは、強い体は育たないからな。私にひれ伏せっ!!」

 都会の男は、もう一度、若い男に殴りかかろうとする。


 が、しかし……


「やめて! そんなことで、争わないでっ!!」


 乙女の、大声。


 すると……


「そんなに声を荒げて、どうした、美しき乙女よ。乙女は乙女らしく、しとやかにしておけば……ん?」


 都会の男が、、そう言った。


 ……何かがおかしい。


 口調は確かに都会の男だが……声質も声の出所も、若い男、だ。


 都会の男は、自分が、自分の姿をした者に殴られようとしていることに気づく。

 

 そして都会の男は、若い男の顔の上に、混乱の表情を浮かべ……


「ん!? 何っ!?!? 私が私に、殴られようとしている!?!?!?」


 と、わけのわからないことを言う。


 そう……


 確かに、としては、都会の男が若い男に殴りかかっているのだが、『魂/体が入れ替わってしまっている』のである。


 今にも殴られようとしていた若い男の方は、いつの間にか殴る側になっており、しかもその対象は自分の姿をした者であることに……激しく困惑する。


「ど、どういうことだ!?!? 俺がこのクズと……魂が、いや体が、と言うべきか、いずれにせよ、入れ替わっちまったっていうのか!?!?!?」 


 乙女の叫びにより、

 あの畑の持ち主の若い男は、都会の男の姿に、

 都会の男は、畑の持ち主の若い男の姿になって……


 二度と元に、戻らなかった。

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