第39話

 いくら笑顔で取り繕っても波子の顔色は段々悪くなる。

 それは後ろめたさか、或いは自分の本性がバレる恐ろしさ。

 いやその両方かもしれない。


「飯田、正直に言え。お前は何を恐れている」


「恐れ?」


「なんやそれ」


 啓一の言葉に図星が突かれたかの様に固まってしまう波子。

 しかしその硬直は彼女が何かを恐れている事が証明で、そして啓一の言葉を返すこともなく周りを見回している辺り、言葉にするのも憚られる事だという事もわかった。


「これを聞いたら、二人を巻き込むと思う・・・それは私は望まないわ」


「今更だな。俺も高須もそんなの承知の上だ」


「そうだよ。私達頼りないかな?」


 波子はこの市に来て、二人と他愛のない話をしてゲーセンで遊んで、本当に学生気分を味わっているようで楽しかった。

 だからこそ二人を巻き込みたくはなかった。


「ごめん。でも、もう遅いのよ。私は失敗したから」


 次の瞬間、波子の後ろに転送ゲートが発生した。

 波子は目を閉じて涙を流しては居ても笑顔だった。


「あっしが千葉に殺されてれば、多分丸く収まったと思うのに・・・」


「転移魔法・・・じゃないな。これは魔道具だ」


 魔道具と空間属性の魔法は素人がみてもわからない。

 しかし啓一はダインスレイヴを持たなければ一般人並みの能力値なので、魔道具をよく使うから少しの違いも判断ができた。

 

「魔道具!?こんな大規模な魔道具可能なの?」


「可能か不可能かで言えば可能だ。だが理論上、この規模の魔道具を作るにはーーー」


「大量の人間の魔力がいるで。ワイはこれをみたことがある・・・」


 啓一が言う前に湊がそう言う。

 この魔道具を啓一は異世界で一度だけみた事があったが、まさか湊もみているとは思っていなかった。


「だが、あいつが生きてるわけねぇ」


 ブツブツと言い始めたが、今は構っている余裕は啓一にはなかった。

 もし啓一の想像している魔道具だとすれば、ここ一帯が飲み込まれる畏れがあった。


「・・・飯田、話し合いは後でする。一旦ここから離れんぞ。高須、わりぃがそいつを運ーーー」

 

「ううん。あっしが逃げたらこの市の人間が死んじゃう」


 そういうと波子は手を前に掲げて、自分と空間ゲートの周りに結界を展開した。

 結界魔法はポピュラーな魔法だが、強度は余り高くはない。

 そのため恵の様に、認識阻害として使われるのがほとんど。

 だと言うのに、その結界を固めたのは何故か。

 それは波子が創造魔法を使えるからだ。


「結界実体化」

 

「さっき言っただろ!その魔法は人間の命を代価にするんだぞ」


「聞いたよ。だから物量で吸収を防ぐんじゃなくて、こうやって一つの命で防ぐことを選んだんだよ」


 大のために小を切り捨てる。

 それは至極真っ当な判断だ。

 しかし啓一も、あの空間ゲートを消す算段はあったのだ。

 

「結界を壊せば空間ゲートを壊す余力は無くなる・・・くそっ!」


 恵は全力で魔法を唱えているが、結界にヒビを入れることは出来ていてもすぐに壊すことは難しいだろう。

 啓一の奥の手はすぐに使えるが一度しか使えない。


『お前達二人では無理だ。あの空間ゲートに飲み込まれたとしても死ぬわけじゃない。今は諦めろ』


「おい、千葉!お前ならあれ斬れるだろ!」


「あの時確かに殺したんや・・・どうなってるんや・・・」


 しかし啓一の思いを他所に、湊はブツブツと何かを呟いて話が出来るような状態じゃない。

 

「ありがとね二人はあっしの最期の思い出よ」


「ぜってぇ助けに行く。だから諦めずに待ってろ」


「そうよね。今日のあんたをみたら、なんだかんだそれも上手くいきそうな気がする。次に会うときは生きて会えたらいいな」


 次の瞬間、空間ゲートは結界内の全てを吸い付くして消滅した。

 啓一はダインスレイヴを戻して、もう一度湊のトコロに行こうとするがすぐに代償が来た。


「ぐぁああああ!」


 髪が白く紅眼になるがそれだけじゃない。

 全身を支配する吸血欲求が、脳の理性を破ろうとしていた。

 

「大丈夫啓一くん!?」


「わりぃ高須」


「うん」


 恵は屋上だった事もあり、すぐに肩を捲って啓一に見せる。

 啓一はその首に貪り着くように噛みついた。


「うっ・・・」


 しかし今は湊も居る。

 だから恵の肩から理性と衝動が闘える程度までしか血を吸わずに、湊の胸ぐらを掴んだ。


「な、なんや!?」


 急に胸ぐらを掴まれたので、ブツブツと何かを言っていた湊はそれをやめた。


「お前しってんだろ。あの空間ゲートを作った奴誰だよ」


「言ってもわからへん・・・それにあいつが生きてるはずがない。ワイは確かにアイツを殺した!殺したんや!」


 するとまたブツブツとつぶやき初めて、今度こそ話しかけられる状況じゃなくなった。

 これから一体どうなってしまうのか、啓一にもわからない。

 啓一は湊を背負い、隣市を後にした。

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