第35話

 息もつかせない鍔迫り合い。

 互いの動きは見切られ、剣と剣が擦り合わされる摩擦は、線香花火のように儚くも消え去る。


「くっ!」


「反射神経は大したもんや!剣術がまるでなっとらんのに、ワイの剣に追いつくんやからな」


「ざけんな!なんだよそれ!」


 啓一は確かに剣術は素人に毛が生えた程度だった。

 しかしダインスレイヴによって極限まで引き上げられた反射神経は、常人のそれを遥かに凌駕する代物なのだ。

 だと言うのに追いつくので精一杯だった。


「祝福であって欲しいぜ」


「残念や。これはワイの純粋な元々の動きやで!」


「タチの悪い冗談だ!」


 右から剣が振るわれたかと思えば、左から続く更なる斬撃。

 左右両方からの重たい一撃と共に、首に突きつけられる背筋が凍るような太刀筋。

 これは常に湊が啓一の首を狙っているからこそ感じられる、冷たい威圧である。

 更に加えて啓一の振るう斬撃は、全て剣筋を見ないで弾かれていた。


「未来でも見えてるかのように迷いがねぇな」


「ワイと自分の力量差には決定的に埋まらない開うとる差があるさかい、いっぺん死んでから出直しぃや!」


「ほな、お前舐めてるからぶん殴ったるまんがなー!」


 啓一のエセ関西弁に青筋を浮かべると、鬼の形相で啓一にキレ散らかす湊。


「ケッタイな関西弁使いおって!ぶっ殺す!」


「短気は損するで」


 全く悪びれることのない関西弁を使い、怒り任せに振るわれる剣を受け流す。

 二人の戦いを見て、恵はホッと息を吐き波子は口を開けてその光景を見ていた。


「フードの中があの根暗そうな千葉だったのは驚いたけど、それよりもあの人間離れたした動きの方が問題だね」


「はえー、あっしは夢見てるみたいよ。こんなの見せつけられたら魔法使いが強いって絶対嘘と思うわよね」


 どっちも人間がするような動きでも、なんでもなかったからだ。

 もしあの二人が波子と対峙すれば、何秒も保たないのは明白だった。

 

「あの2人は、勇者よね」


「どういう意味?」


「あの二人は多分、ちゃんと魔王を倒したのよ」


「波子ちゃんは違うの?」


「私は1人では魔王には勝てなかったから」


 波子は少し自重気味に笑い、女神はその顔に微笑んだ。


「私も魔王に自殺されて戻ってきたよ」


「え?」


 波子はさっきの飛行魔法と普段の実力から、圧倒的力で魔王を倒したと思っていた。

 恵の口からそれを否定されれば信じる他ない。

 しかしここで地面がくだけるような音が鳴る。


「なんなんや!?」


「どうした?お前、中々俺んこと攻めきれんから我慢できなくなったんか?」


「ムカつく野郎や!それはワイの剣!」


 鍔迫り合いで互いの剣がぶつかり合うが、恵はその動きが湊と同じ洗練されたモノに感じた。

 さっきまでの反射神経ではない、本物の剣士の貫禄。


「なにあれ?動きが千葉にそっくりじゃない」


「うん。まるで鏡合わせを見てるみたいに、同じ技でぶつかり合ってる」


 まるで同じ技同士をぶつけて相殺しているからのように。

 しかし全く同じ動きで技をぶつけ合う2人に、少しだけ寒気を感じる恵と波子。


「あんだけ完璧に同じ技の再現なんて、あいつ見切ったの!?」


「信じられないけどそういうことだよね」


 啓一のことを強いと思っていたが、まさか相手の剣術を一瞬で奪えるほどの実力とは思ってなかった恵。


「自分舐めとんのか!なんなんやそれ!」


西施之顰せいしのひそみ。相手の闘いの根幹を見抜き再現する技術。俺が異世界で敵対した戦士は、全員心が折れて立ち直れなかったんやで」


 改めて彼が温厚な性格で魔法を使えなかった事に安心感を覚えた。

 何故なら、彼と敵対した時には短期決戦しか通じないと言うこと。

 そして自分が磨いた技術は全て盗まれるとしたら、これは確かに心が折れてしまうのも頷けると思った。


「ケッタイな関西弁使ってからや!自分、ワイの動きに近づいてきたのは」


「相手の根幹を見抜く代償とでも言うべきなんやろな。しばらく口調や喋り方が似ちゃうや」


「舐めおってからに!いてかましたるで!」


 しかし何をしても、啓一に最早届く剣術はなかった。

 そして次第に啓一のが押し始める。


「なんでや!?同じ剣術なのに、どうしてワイのが押されるんや!」


「それは俺がお前の技の欠点を削ぎ落としてるからだ。お、喋り方戻ったな」


 体術全般全てに欠点がある。

 しかし啓一はその欠点を見つけ修正することができた。


「馬鹿な!?ワイの剣術に欠点なんてあらへんぞ!?」


「欠点らしい欠点は俺にもわからない。だけど相棒はそれを見つけ出した。俺の西施之顰と相棒の解析能力で俺は、あのクソみたいな世界を生き抜いたんだ」


 啓一の目は諦めてしまった人間の目。

 あの目を見て女神は思わず拳を握ってしまった。

 義母は時より同じ目をしていたから。

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