第28話

 啓一は今朝の事と体育での千葉の行動で頭がモヤモヤして授業に身が入っていなかった。


「んー、じゃあ次蘇我」


「・・・」


「蘇我!!」


「は、はい!」


 一度目で返事はできず、二度目の返事でやっと我に帰った啓一。

 今までの模範性の様な授業態度も相まって、教師はかなり驚いた。

 それもそのはずで、このクラスでまともに授業を受けているのは啓一で、その次が恵だからだ。

 基本的に教師も二人を交互に指名しないと、授業として成立してるか怪しくなる為そうしている。


「お前にしては珍しいな、ぼーっとしていて。体調悪いなら保健室に行くか?」


「あ、すいません。少し朝の出来事が頭をよぎって」


 朝の出来事はそれだけ衝撃的だった為、授業に集中していないクラスメイト達も一斉に教師の方へ視線を向ける。

 視線を向けられた世界史の千駄ヶ谷せんだがやカイも、これには困ったと授業を中断した。


「まぁ無理もない。八幡がここまで圧倒されたのは俺も初めて見た。アイツは教師陣の中でもかなり実力は抜きん出ていたからな」


「教師陣は朝の事をどう見てるのですか?」


「十中八九、帰還者の仕業だと考えている」


 神域学園では基本的に生徒以外の国が記録している者を勇者、記録がされていない者を帰還者と定義している。

 そして教師陣は、今朝の事件を帰還者が起こした事と判断した。

 生徒が隠れて実行した線もあったが、その可能性は低いと判断したのだ。


「船橋の顔に擬態した泥人形ゴーレムだったのに、ですか?」


「あの泥人形ゴーレムのフードを捲ったのがたまたま蘇我だったからそうなった。もし八幡が捲っていれば教師の誰かになってただろうな」


「根拠は?」


「立証済みだ。肉体は砂になって崩れたが、あのフードは残っていたから試させてもらった。そもそも捲れることはあっても倒されるとは思っていなかったってことだろう」


 しかしそれだとますます腑に落ちないことがあった。

 そんな手間暇する理由がわからないのだ。

 外部の愉快犯だと言われてしまえばそれまでだが、そうじゃない可能性も十分あるだろと啓一は思ったが、口にはしなかった。

 きっと生徒には知りえない理由があったのだろう。


「先生質問ー!」


「なんだ飯田?」


 飯田波子いいだなみこは金髪のギャルみたいな見た目で、元勇者と言われても気づかない奴らも多いだろう。

 しかし実力派で、繰り出す魔法の多くが召喚魔法でネズミから竜まで様々な魔物を召喚できたりする。


「津田先輩がこの件に動いてるって聞いたけどほんとっすかー?」


「津田は学園屈指の勇者だ。テレビで見かけたやつも多いだろう。世間はそれだけ彼の動向に注目を預けている。ここで動かないわけにはいかんだろう」


 啓一の母親で記者でもある博美も、津田詔司は常に追いかけていた。

 それだけ記者は、彼の話題に飢えている。

 

「君も、街の調査の依頼が来るかもしれないから備えておけよ」


「えーいやっすよー!」


「我儘を言うな!それに四谷もだぞ」


「は?」


 呼ばれると思っていなかった四ツ谷蓮よつやれんは、スマホの内職をしていたので心臓がバクバクしていた。


「四谷、お前またスマホを弄っていたのか!」


「俺が何をしていようと、貴様には関係ないのだ」


「教師への口の聞き方がなっていないぞ!」


「黙れ虫けらなのだ!」


 四ツ谷が魔法を発動させた。

 四ツ谷も飯田と同様に特別な魔法、音響増幅という魔法を得意としている。

 恵の様にオウルラウンダーで、色々な魔法を使えるのはそれは長い年月がいる。

 大体の人間はそこまで長くいたりしない為、特化した魔法が使われることが多い。


「窓ガラスが!?」


 窓が次々と割れるのは、音を破裂させて響き渡らせている芸当である。

 しかしその窓ガラスもすぐに戻ってしまった。

 恵が魔法を行使した為だ。


「ナイス高須」


 啓一は密かにサムズアップさせる。

 恵は巻き戻しの魔法で状態を戻した。


「高須!」


「魔法で暴れるのはやめようね?」


「ひっ!?」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    


 教室中が、まるで氷の城の様に凍る。

 恵の魔法は基本的に元素を使った魔法で、一般的に使われる魔法だ。

 しかし構築が速すぎて誰も魔方陣を見たことがない。

 そのため、恵と同じ闘い方をできる人間がいなかった。


「冗談だよ」


 指を鳴らすと氷漬けになった教室は解けて水浸しになった。

 教師である千駄ヶ谷ですら、顔を引きつらせている。


「お前が一番魔法で暴れてんだよ」


「痛!」


 啓一は指で恵を弾いてその場を収めた。

 千駄ヶ谷は咳ばらいをし、その咳払いの音でクラスメイト達は千駄ヶ谷に向かいあう。


「オッホン!これじゃあ授業にならないから、残りの時間は掃除だな」


「「「えー!」」」


「えーじゃない!連帯責任でちゃんと水気がなくならなきゃダメだぞ」


 千駄ヶ谷は無理難題を吹っ掛けたつもりはなかった。

 しかし生徒的には、かなり面倒なことにも変わりなかった。


「全員で協力すればすぐできんぞ。とっととやんぞおら」


 その場をうまくまとめ上げ、クラスメイト達はしぶしぶ片づけに協力する。

 しかし啓一のことをずっと睨む影が教室に居たことを、啓一はまだ知らない。

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