第24話

 恵と話をしなければと啓一は思っていた。

 昨日の吸血の事を。

 しかし午後からも忙しくしていた恵に話しかける機会はあまり訪れない。


「どうした啓一。ホープの中覗いて」


「いや、ちょっと高須に話さないといけないことがあってさ」


「あー、今日は日曜で忙しいしな。恵ちゃんあんま家帰らない俺の目線から見てもよくできる子だ」


「だから困ってんだ。シンさん高須の代わりをーーー」


 啓一はシンを上から下まで見る。

 ボサボサの頭に、剃り残しの青髭。

 急に今からこんなおっさんに代われば、売上に響く可能性まであった。


「はぁ、あんたがもっとまともならなぁ」


「お前、もう一度投げ飛ばされたいみたいだな」


「流石に勘弁だ!」


 啓一は飛び上がりそのまま空中を歩く。

 シンも自衛隊に所属している身ではあるが、勇者の異世界の力での動きは初めて見た。


「どうなってるんだそれは?」


 そのまま逃げようとしていた啓一だったが、意外にも興味を示したシンに、そのまま動きを止めて降り立った。


「あ、シンさんも興味あんのか?」


「まぁその人外の動きを見れば興味も沸くだろう」


「使ってみるか?」


 啓一は魔導具を渡す。

 野球ボールくらいのボタン付きの魔導具だった。


「どう使うんだ?」


「そのボタンを押すとーーー」


「こうか」


 ボタンを押したら高速で空中へと浮かび上がる。

 引っ張られるように浮かび上がった為、シンは驚きのあまりもう一度ボタンを押してしまう。

 するとそのまま自由落下で地面へ激突しかける。

 ギリギリのところで啓一が受け止めて大惨事は免れた。


「危ねぇ」


「こっちのセリフだ馬鹿!」


「話最後まで聞かないからだろ。その魔道具はボタンを一回押すと浮かび上がって、もう一回押すと機能停止する。長押しで空中歩行が可能になんだぜ」


「それを先に言え!」


 今度は啓一に言われた通りにボタンを押した。

 するとシンも空中歩行をできる様になった。


「ほっ、ほっ、おー!これは面白いな」


「この魔道具の肝はほとんど地面を蹴ってるのと感覚が変わらないところだ。走ってみろよ」


 啓一に言われた通り走ってみると、まるで空気を踏みつけてるかのように走れることができた。

 ひとしきり楽しんだあと、シンは地上に降り立つが異世界のモノにしては少しだけショボい動画だと感じた。


「なんかもっと一般人に脅威になるものだと思ったが、そうでもないんだな」


「まぁ魔道具なんて魔力の扱いに慣れてない奴の補助道具でしかないからなー」


 啓一は異世界でも魔力は膨大でありながら魔法は使えなかった。

 それ故に武器を上手く使うことで生き抜いてきたのだ。

 そしてその中でもダインスレイヴは異世界で最後に手に入れた魔道具でもあった。


「なぁ、他にもないのか?」


「楽しめそうなのなんてほとんどねぇよ」


 啓一に怒られると良い歳なのに少し落ち込むシン。

 流石に居た堪れないので、啓一はポケットから魔導具を取り出した。

 さっきの空中歩行の魔道具よりも小さい、500円玉程度の大きさの魔導具だった。


「それはなんだ?」


「なんでも想像した物体が取り出せる装置だ」


「なんでも!?」


 魔道錬金と呼ばれる魔導具だが、取り出し口が500円玉サイズ程度と言うこと。

 想像できるものなら何でも創造出来てしまうため、啓一のいた世界でも禁止されていた魔道具でもあった。


「これはどう使うんだ?」


「手に持った状態で何でもいいから取り出したいものを思い浮かべてくれ」


「わかった」


 シンがイメージしたのは自転車だった。

 しかし自転車は魔導具を通らない。

 シンが想像しているのに何も出てこないのを見ると、大きなものを想像したのだと啓一もわかった。


「それは取り出すまでが魔導具だ。取り出せないものは想像できないぞ」


「取り出すってこんな小さな穴からか!?」


 シンは今度は取り出せる範囲の万年筆を想像した。

 すると魔導具の入り口を通り抜けて、飛び出てきた。


「おーすごい!これは万年筆かー」


 出てきた万年筆を取ろうとすると、万年筆はシンの手を弾いた。


『サワンジャネー!』


「な、万年筆が浮いてる!?」


 そしてこの魔導具がどうして禁止されていたのかは、この光景を見れば分かった。

 生物を生み出すなんて非人道的なものは、どの世界でも許されてはいなかった。


「これどんなものでも出るんだけど、生命体として出てくるんだよ」


「何でそんなもん使わせた!?」


「・・・面白いだろ?」


「その間が、自分でも何で出したんだろって思ってるのを示しているんだ!」


 生命体と言っても食事を必要としない生物の為、生態系が壊れる事はない。

 しかし意思を持って活動できることに変わりはなく、脅威とシンは認識した。


「啓一、捕まえるの手伝え」


「捕まえなくても、魔道具の魔力が切れたら自動で消えるぜ?あと5秒、4、3、2、1」


 すると魔導具はそこに何もなかったかのように霧散した。

 シンは尻餅をついてその光景を見ている。


「な?」


「先に言え!!」


 そのあと啓一はシンに説教された挙句に組み手をさせられ、夜になると身体中が痛くてまた死んだように床に着いた。

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