第23話

 啓一は長い夢を見ていた。

 異世界から帰還前の最後に殺した少年が、啓一に恨み言を吐く姿。


「あ、え?」


 どこかから聞こえてくる拍手が耳に響いてやっと目を覚ました。

 啓一は二俣の家に泊まったことを思い出す。


「そういや、今日はマチさんの家に泊ったんだった」


 昨日まであった吸血衝動はもうなくなっていた。

 よかったと一息吐く啓一は、服を脱いでシャワーを浴びることにした。

 二俣家に泊まるのは初めてではない。

 迷うことなく洗面所に行くと、二俣マチの旦那の二俣シンが髭を剃っているところに遭遇した。


「シンさん」


「啓一か。彼女借りてるぞぉ」


「彼女?あぁ、高須のことか。あいつは彼女じゃねぇよ」


「おめぇ、ひとんちで乳繰り合ってそれはねぇだろ」


「昨日帰ってたのかよ」


「マチがうっさかったからすぐに寝たけどな」


 シンは現役の自衛隊で家に帰ることは少ない。

 なので啓一も現代に帰還してから会った回数は、指で数えれる程度だった。


「風呂入るのか?だったら入る前に一戦やるか」


「俺はまだやるって言ってねぇぞ」


「知るか。一泊の恩は身体で返せ」


 そういうと頭を掻きながら、家の外の庭へと足を運ぶ。

 庭には小さな道場があり、小さい頃はよくシンに格闘技の組手をさせられていた。


「ここも久しぶりだな。お前の為に建てたのに何年も使えずにいたぞ」


「頼んでねーよ。ったく、いい歳なんだから怪我すんなよ」


 啓一の身体能力はダインスレイヴを用いなければ人間の域は超えない。

 毎日ランニングをこなすのも身体を訛らさえないためであるが、鍛えすぎているから一般人と喧嘩をすると圧倒的な実力に隔たりがあり、大怪我を負わせてしまうこともある。

 しかしそんな心配をするほど、実力差は離れてはいなかった。

 

「おい、あんたいくつだよ!」


「今年で47だったな」


「なんで俺の動きについてこれんだよ!」


 啓一が拳を振るっても、シンは手の甲で反らしそのまま背負い投げを行う。

 背負い投げをされたとて、啓一も意地を見せて両足で踏ん張りその勢いを利用してそのまま投げ飛ばそうとするも全く動く様子がない。


「重てぇ!」


「まだまだ若いもんに負けねぇぞおらぁ!」


 態勢が崩れてる啓一をそのまま地面へと押し込み、一本勝ち取った。

 これには啓一も驚きを隠せない。

 啓一は異世界での闘いを経て、実力は日本の軍隊を相手取っても引けを取らないと自負していた。

 それをこうもあっさりと倒されるとは思いもしなかった。


「このっ!次だ次!」


「かかってこい」


 それからも啓一とシンは何度も組み手を行った。

 啓一が足を払ってバランスを崩すも、そのまま足を首に巻き付けて体を捻って地面に叩きつける。

 しかし啓一も体感はかなりよくびくともしない。

 してやったりとにやけていると、そのまま頭突きが飛んできた。


「いってぇ!?」


「隙ありだ」


 啓一はそのまま巴投げを決められてしまう。

 想定外に天を仰いだ啓一。

 それからも何度も続けていくが、遂に啓一は勝つことはなかった。


「どうなってんだ。まったくかてねぇ」


「こちとら現役の自衛隊よ。今の時代、勇者という脅威があるから訓練も厳しいんだ」


「いや、確かに俺は負けたけど勇者は重火器のフル武装みたいなもんだぜ?勝つ気かよ」


「それが命令ならな」


 命令なら例え敵が人智を超えた存在でも闘うというシンに、少しだけすごいと思ってしまった。

 自分は異世界で能力を得たからこそ、それができるがシンのような現代のみ生きる人間にその勇気があるのは素直に素晴らしいと思うと。

 

「死ぬ気かよ。あんたは俺の親父みたいなもんだ」


「うれしいことを言うな。もう一本行くぞ!」


「は?冗談じゃねぇぞ!?」


 死ぬ気で戦っている人間と死に物狂いに生きた人間。

 同じようで違うものだった。

 結局啓一は一本も取れずに、気が付けば昼になっていた。


「くそったれが!全然勝てねぇ」


「異世界帰りと言ってもまだまだよ」


「もうちょい闘えると思ったのになぁ」


「だけど、気持ちは吹っ切れただろう?」


 シンの言葉に啓一は驚かされた。

 朝の夢を見てどこか気分が悪かった啓一だが、二人で組み手を行うことですっかり気分は変わっていた。

 鬱々とした朝なのは変わらないが、非日常の感情と日常の感情。

 比べるまでもなく日常の鬱々さのが精神衛生上良いに決まっていた。


「またいつでも組手なら付き合ってやる。俺は口下手だからそれくらいしか解消方法を知らねぇ」


「もうちょっと言葉を交わした方がマチさんは喜ぶぞ」


「はっ、それこそあいつとは長年の付き合いだ!言わなくても互いに感じ取れるに決まってーーー」


 そこでふたりにげんこつが入った。

 昼時になってパン屋での忙しい時間に食卓に来ない二人を呼びにくれば遊んでいたからだ。


「あんた達!恵ちゃんが手伝ってくれてるときになにやってんの!さっさと風呂入って飯食いな!!」


「「は、はぃぃいい!」」


 二人は二俣、マチに言われて風呂に入り食卓へと足を運んでご飯を食べた。

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