第21話

 啓一は恵を引っ張り、二俣のパン屋へと着いた。

 そこまでの間に二人の会話はなかったが、恵を握る啓一の手が酷く汗ばんでいるのがわかった。


「啓一くん大丈夫?」


「あぁ」


 啓一達がパン屋に来ると二俣が嬉しそうに出迎える。

 しかしその様子とは裏腹に啓一は険しい顔をしている。


「よく来たね二人とも」


「わりぃマチさん。部屋貸してくれ」


「急だね。いいけど、どうしたんだい?まさか、合い挽きじゃないだろうね?」


 ニヤニヤと二人を見つめるマチだったが、啓一の様子がおかしい事に気づくと、入りなと奥の社泊部屋に案内された。


「あんたどうした?顔色悪いよ」


「いや問題ねぇ。少し休めば治る」


「本当かい?それならいいけど。なんなら店は今日は閉めるかい」


 流石にそこまでさせたくない啓一は恵に視線を送り、どうにかしてほしいと懇願する。


「啓一くんは私が見てるからマチさんは行って大丈夫だよ」


「そうかい?じゃあなんかあったらいいな?」


「うん、ありがと」


 そういうと二俣はパン屋の店番に戻っていった。

 恵は啓一に視線を戻すが、どう見ても顔色が悪い。


「あんがとよ。しかし危なかったぜ。あれ以上あの場にいたら、俺は正気では居られなかった」


「大丈夫?本当に具合悪そうだけど」


「休めば治る。失った部位を再生治療するのは、代償がいるんだ」


 恵はあまりにも自然に治してしまった為気にしていなかったが、腕を瞬時に治療するのは恵の魔法でも不可能だった。

 そして失った腕を元に戻すのは、とてつもない痛みを要するのは聞いたことがあった。


「ごめんね私の所為で」


「いや、高須はーーーうっ」


 啓一が胸を押さえて嗚咽を漏らした途端に髪色が側に代わり、瞳の色が赤くなる。

 これが聖剣ダインスレイヴに魔力を吸わせた代償だった。


「ど、どうなってるの?髪が白く、それに目まで赤い」


「はぁ、はぁ、マジか。くそ、腕が吹っ飛んだからここまで浸食したか」


「それって大丈夫なの?」


「ダインスレイヴを使用した者の代償だ。高須は気にすんな」


「するよ!」


 恵が声を荒げたことで、啓一は目を丸くして恵を見つめた。

 その瞳には少しだけ潤いがあり、今にも泣きだしそうな顔をしている。


「高須?」


「私の所為だもん。自暴自棄になって、あんな依頼を受けなきゃ市川や船橋と闘うことにはならなかった」


「いやわかんねぇぜ。俺はトラブルメーカーだからーーー」


「私は多分、啓一くんがいなければ死んでたよ?船橋が監視してたなら魔術の授業で私の魔法はほとんど筒抜けだっただろうし」


 恵の考えは正しく、事実死んでいたことだろう。

 船橋の対応力は、啓一も目を張るものがあった。

 目星をつけていたのだとしても、魔術陣を石で妨害されるのを対応するなんてすぐにできるものじゃないからだ。


「まぁだとしても俺がやりたかったことでの代償だ。やっぱ高須が気にすることじゃえねぇって」


「やだ!もう、何も失いたくないよ!」


 恵がここまで頑ななのは過去に義母を救えなかったことへの後悔のようなものもあるのだろう。

 啓一自身、現代に帰還してから他人と距離を開けるつもりでいたが、似た境遇の恵の話を聞いていたこともあり、つい絆されてしまう。


「髪色と目の色が変わってるのを不思議に思わなかったってことは以前にもその浸食があったってことだよね?浸食の抑え方あるんだよね!?」


「・・・あるにはある」


「教えて!それって私にできること?」


「いや、できないことだ」


「なるほど!血を吸わせればいいんだね?」


「あっ」


 啓一の祝福は恵の対話の様に嘘を見抜く能力は持たない。

 余裕がない今の状況でそのことを失念してしまったのだ。

 恵は近くにあったハサミを取り、手首に傷をいれて出血させる。


「これ、飲んで啓一くん」


 手首に噛みつき、血を吸収していく。

 しかし十分な血を吸いきる前に、恵の手首の傷は癒えてしまった。

 それはダインスレイヴを使った後遺症で、血を吸わなきゃいけない身体の状態のときのみに起こる唾液に治癒属性が流れてしまう現象だった。

 それは本来の吸血の用途と関係している。

 啓一は手首から口を外す。


「え、どうして傷が治って?」


「わりぃ高須」


 啓一は恵に抱き着き制服が肩を出るように無造作に脱がして噛みついた。

 本来はまるで吸血鬼の様に血を吸う。

 痕が残らないように、治癒属性を注入するため、唾液に治癒属性がついたのだ。

 

「あっ!けい、いちくんっ!ちょっ、ちょっと」


 恵は頬を赤らめ、身体をビクビクと痙攣させる。

 無理やり体内に治癒属性が注入されていることにより、身体が活性化しているためだった。

 人によっては過剰な治癒力に耐え切れず、そのまま逝ってしまうこともある。

 しかし恵の魔力量はその治癒力に耐え、絶頂を迎えるだけで済む。

 そして啓一も髪色と瞳が戻ると、恵の首から口を離した。


「あんっ!け、けいいち、くん。おわ、った?」


「はぁ、はぁ、助かった」


 しかし落ち着いたのも束の間、二俣が啓一を心配して部屋に入ってきた。


「おーい、大丈夫かい?店が落ち着いたからーーー」


 部屋の中で若い男女が密室。

 恵の服ははだけており、二人とも吸血の影響でかなりの量の汗をかいていた。

 事情を知らない人から見れば、事後以外のなんでもなかった。


「お、お邪魔だったかい?」


 そーっと扉を閉め、二俣は厨房に戻っていく。

 二人とも二俣を急いで追いかけ、誤解を解くのにかなりの時間がかかった。

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