第16話

 恵の異世界から日本に戻ってくるまでのエピソードを啓一は黙って聞いていた。

 

「笑っちゃうでしょ?私、復讐も中途半端だし、与えられた任務もこなせないんだ」


「それ、俺に言ってよかったことか?その市川って警官は守秘義務とか言ってなかったか?」


「しゅひぎむ?」


「そうか、お前異世界では令嬢の学ぶことしかしてなかったのか」


 啓一は額に手を当てて天を仰いだ。

 本来、警察との情報のやり取りは部外者に口外すべきではないからだ。


「もし、俺と高須が秘密の話を秘密って言わずしていて、それを言うとあんまいい気はしないだろ?」


「それをしゅひぎむ・・・」


 本当にわかったのかわからない恵のその表情に思わずため息が出る啓一。

 しかしそんなことを今言ったところで話が続かない。


「ひとつ気になるが俺に近づいたのはなんだよ?津田詔司とか逸材に取りに要らなかったのは?」


「私達まだ一年じゃん。先輩に近づくのは難しいよ。啓一くんに近づいたのも、隠れ蓑として使いやすかったからだし」


「隠れ蓑ね。まぁ俺も高須の乳に目を奪われた口だしな。それはお互い様ってところか?」


「嘘が見抜けるから本心だってわかるけど引くね!君、成績優秀者なのに、学園内では無能の用に扱われてる。面白いくらい教師には近づきやすかったから助かったよ」


 啓一は少しだけ恵を見た後、すぐに口角が上げて口を開いた。


「ふーん、なるほどな。高須は祝福を完全には把握してないってわけか」


「どういうこと?」


「どうやらまだ解決じゃないってことだ」


 啓一は立ち上がり、恵の寝てるベッドの横の机を指さした。

 リンゴがウサギのような形で切りそろえられている。


「すごいね。啓一くんが切ったの?」


「そうだ上手いもんだろ?」


「なんだ。啓一くんのお母さんか」


 ウサギリンゴは啓一の母である博美が、恵が寝ている間に作っていったものだった。

 

「でもわざわざここに来たの?そういえばここどこの病院?」


「病院じゃなくて俺んちで、それは俺のベッドだ」


「け、啓一くんのベッドぉ!?」


「お前、三日くらい寝てたんだぜ?現代に帰ってから全然寝てなかったんだろ?」


 恵は驚いた後少し苦笑いする。

 自分の用に嘘がわかるわけでもないのに、そんなことを察せてしまう啓一が大きく見えたからだった。


「すごいな啓一くんは・・・それに比べて私は生きてる価値なんて・・・」


「親に恩返しできず、倒すべき相手が憎むべき相手じゃなかった。そこには同情するが卑屈になんじゃねぇ」


「え?」


「単純に失ったことへの苦しい思いから逃げてぇだけだろ?そうだよな。お前の母親も魔王も死んで楽になった。ずりぃよな、逃げたいよなぁ。でも死ねないよな。死んでった腰抜けになりたくねぇもんなぁ!」


「腰抜け?誰が!?お義母さんや魔王がそうだって、そう言いたいの!?」


「嘘がわかるなら、俺の考えわかるよな?」


 恵には啓一が嘘をついていないことがわかった。

 そのため、ふっと沸いた怒りが頭を支配した。


「撤回して!」


「何を撤回するんだ?腰抜けってところか?」


「全部に決まってるでしょ!私の話を聞いて啓一くんなら受け止めてくれると思ったのに!」


「あぁ無理だな。俺はお前の義母も魔王も腑抜けた選択をした腰抜けにしか思えない」


「言いたい放題言って!」


 恵は全ての魔力を無造作に啓一に向かって放つ。

 魔術構成もされていない魔法を啓一は片手で握りつぶした。

 いくら魔法になっていないとはいえ、人よりも圧倒的に魔力量の多い恵の魔力を片手で握りつぶすのは道理がわからなかった。


「君なら、私を人殺しの道から防いでくれた啓一くんならーーー」


「寄り添ってくれると思ったのに?そりゃ思い違いも良いとこだ。お前は確かに力があるが、俺みたいな魔力がなくても工夫で消せんだよ」


「だったら、今度は魔法を構成してーーー」


「魔法を構成するなら、今度は構成する前に魔術陣を破壊すればいいだけだ。悪いが魔術陣は子供でも壊せる仕組みだ」


 しかし啓一の忠告を無視して、恵はファイアストームの構築を始めた。

 啓一はため息を吐いた後、思い切り石を投げつけることで魔術構築の妨害に成功した。


「なんで!?どうして!?」


「魔力と魔法陣の間に流れる魔力回路を石を投げつけて妨害しただけだ。魔法の仕組みを理解できれば、こんな簡単なことはねぇ」


「ありえない!石一つで魔法を妨害するなんて」


「だがそれが事実で、現実で起こりえた。そしてお前の世界でも出来る奴は居ただろうな。つまりお前が復讐を決行していれば、確実に無駄死にだっただろうな」


 恵は唇を嚙みながら俯いて悔しがるが、すぐにヘタレ込んでしまった。


「私って・・・」


 啓一はその恵の胸倉を掴んだ。

 その行動に驚きながらも、啓一の瞳を凝視していた。


「卑屈になるのも、俯くのも別にいい。だが前は向け」


「前?」


「そうだ。高須が前を向いてなきゃ、お前の為に死んでいった奴が浮かばれねぇよ。死にたくて死ぬ奴はいねぇ。自分の命よりも大切なことがあったから死んだんだ。違うか?」


「け、啓一くん?」


「よかったじゃねぇか。魔法が使えない俺に負けたお前は、化け物なんかじゃねぇよ。それにお前の母さんは自分を化け物って蔑んで落ち込むことを望んでんのか?」


「それはわかんない・・・もうわかんないよ!」


 恵のメンタルは等に限界を迎えていた。

 五年に渡る休みのない戦いの日々。

 そして育ての親の死。

 現代に戻って日常を送ってもそれが癒えることはなかった。


「お前はどうあってほしいんだよ。母さんに。あんたの所為で死んだんだから一生引きずってろってそう思われたいのか?それともあんたの為に死んだんだから幸せになってほしいって言われたいのか?他のことでもいい。だがこれだけは聞くぜ?お前は厳しくも優しかった義母の気持ちを嘘にしたいのか、それとも義母を実母と同じ鬼にしたいのか」


 そんなの答えは決まっていた。

 恵に取ってミレイナは、実母のような人じゃないと。


「義母さんは私の幸せを望んでたのかな?」


「さぁ?俺には死人の言葉はわからねぇよ」


 答えを聞く甘えも啓一は許さない。

 しかし恵の顔を見れば、心配はないと啓一は思った。

 

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