第15話
恵が目を覚ますと、医者達が集まっていた。
流石に一週間寝ていたので検査など済んだ後、市川が入室してきた。
「お久しぶりです」
「うん。ごめんね、一週間も寝ていて」
「いえいえ、ご両親も心配されていましたよ(この一週間音信不通だったけどな)。高須恵様、本日ご両親との面会が叶いました。すぐにでも会えますが、お会いになりますか?」
「もう会えるんだ。だったらお願いできるかな?」
恵は両親と再会するのは期待半分、戸惑い半分と言ったところ。
意を決して長い廊下を一歩一歩と進んでいくが、足取りがだんだん悪くなっていた。
「どうされましたか?」
「いや、少し緊張しただけだよ」
「それは当然です(嘘つけよ高飛車女)」
嘘がわかる能力の存在を知らないとはいえ、口調と裏の志向が真逆すぎて呆れそうになる恵。
「貴方と話すとなんか馬鹿らしくなるね」
「気分がよくなったなら幸いです(馬鹿にしてんのか?)」
「えぇ、そうね」
市川の裏の声で少しだけ心を落ち着かせて面会に臨む恵。
面会室に入ると記憶にある両親の面影のある、肥えた誰か二人が入って来てすぐに抱きしめてくる。
「お父さん、お母さん?」
恵は、よかった自分は心配されていたんだとホッと息を吐いた。
しかしその安堵の息はすぐに喉に飲み込まれる。
「無事でよかった(ったく、何故帰ってきた)」
「心配したのよ?あらゆる手を使って探していたの(見つからないから死んでると思ったのに誤算だったわ)」
恵は両親の裏の声が、何かの間違いではないかと胸を抑える。
きっと、幻聴だと必死に否定する内容を考える。
しかし現実は非情だった。
「恵を見つけてくださり、本当にありがとうございました(余計なことしやがって、こっちは大損だ)」
「クラウドファウンディングに協力してくださった皆様にも感謝の言葉を送らないと(どうしましょう。希ちゃんの習い事をこれ以上増やせないわ)」
恵は父親の言葉で全てを悟ってしまった。
クラウドファウンディングと言う言葉は聞き馴染みがないが、自分は金を集めるための出汁に使われたのだと。
平和な日本に住む両親が、今も心配して自分を探してくれているのではないかと。
しかし恵の嘘がわかる能力と目の前の自分の知る両親よりも体格が豊かな二人を見ると、それが幻想だと嫌でもわかってしまった。
「ごめんお父さん、お母さん。ちょっと体調が優れないの」
「大丈夫か?(勘弁してくれよ化け物が。医療費こっち持ちになったら嫌だぞ)」
「辛いならうちに帰ってから休む?(帰ってこないでよ、勇者なんて化け物の部屋なんて用意してないからそっちのが助かるわ)」
恵は今にも涙が出そうで、大丈夫と一言告げて面会室を飛び出してしまった。
そしてしゃがみ込みながら、止まらない涙が目から次々とこぼれ落ちる。
市川は面会室から出た恵を見て、外面の違和感のない両親にこの反応を示すのは、やはり恵は祝福を持っていたのだと気づいた。
それは市川が恵の両親を調べた時、恵の捜索願が10年前の一通のみであった事で、両親の本性を分析できていたからだった。
「どうした?」
「なんでもないよ、ちょっと両親の再会に感動していただけ」
「何か嫌なもんを見た様にアタシは見えるぞ」
「さっきまで口調どうしたの?」
「意味ないからな。何人も勇者を見てきたからわかる。テメェは嘘を何らかの形で見抜く能力を持ってる」
「そう。だったら何?」
「一つ依頼を受けないか?」
「依頼?私の心境わかる?今は何もしたくないよ」
「テメェにも悪くない話だ。アタシは刑事だが同時にとある組織の長もしていてね。そこにいるネズミを炙り出したいんだよ」
「へーそーなんだー」
「アタシは従順で優秀な部下が欲しいんだ。テメェにはまず異世界から帰還した者が通う神域学園に入学してもらう。そしてできる限り優秀な人材を見繕って来い」
「それだけ?メリットは感じないから断っていいかな?」
ただなら無いその圧力に、思わず後ずさる市川。
しかし市川にはそれすらも魅力的に写ってしまった。
「いいな恵。魔導士でアタシを気迫だけで後退りなんて出来るやつはそうはいない。だがこれは依頼じゃない。依頼は別にある。これを見な」
恵は市川に差し出された紙を見る。
それは恵も似たようなモノを異世界で見たことがあった。
「横領の裏帳簿?」
「ほう、一目見ただけでわかるか。だが不正解だ。偽の裏帳簿。恥ずかしい話だが、部下が冤罪で何人も捕まえたんだ。金を出されてな」
「わかってるならさっさと捕まえればいいのに」
「関わってる人物が現状警察では手が出せない。お前と同じ元勇者だからな。そいつは今、神域学園で教師をしている」
「なるほど私が学園に入学させるのはそのためなんだ」
「それは違うな。学園に通うのは帰還者の義務になってる。それは後で資料を渡すから目を通せ」
「へぇ、まぁいいや。それで?私にそいつを確保しろってのが依頼って事でいいの?」
「違う殺せ。奴は生かしておく価値はない。力がある無法者は殺さなければならない。奴は冤罪で何人も自殺に追い込んだ殺人犯だ。決して許せはしない」
「それで私を殺人犯にして尻尾切りする気?」
「まさか!だが思わないか?理不尽に家族の命を奪われた親族が、相手が勇者というだけで泣寝入り。そんな理不尽なことがまかり通ってもいいのか?」
その言葉に恵は揺らいだ。
自分も理不尽に義母を失ったのだ。
自己満足かもしれない。
しかし、これが事実なら見逃しておくわけにもいかない。
そして恵の能力が発動していないため、彼女の言うことは全て嘘ではないことがわかる。
「報酬は?」
「物分かりがいい奴は大好きだ。ターゲットを仕えた暁には奴が貯めこんだ金額を約束しよう。少なく見積もっても億単位だ」
恵は少し考えこむ。
もし仮に自分が引き受けなくてもいつかは誰かが引き受ける。
その時、その報酬はどうなるのか。
考えるまでもなく国に還元されるだろう。
もし自分の立場になって考えてみるが、別に還元されたところで何も思わない。
しかし何も残らないというのは、それはそれで可哀相に思えた。
「いいよ。その依頼引き受けてあげる」
「交渉成立だ」
恵は出された手をがっちりと握る。
気づけば両親に裏切られた感情なんて、すっかり忘れてしまっていた。
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